薔薇のラストドラマ

何処までも落ちて行った日


その日は目覚めが遅かった。

時計を見れば、もう12時にもなっていた。学校は遅刻どころじゃ済まない時間だ。

此処まで来たら学校休んじゃった方が楽。

…っていうか、何で。





「何で、誰も起こしてくれなかったの…亮、は?」





枕元に置いてあった携帯を見れば、着信が1件。

ああ、亮かなぁ…と思って調べてみればそれは同じクラスの幸村からで。





「(何だよ、あたしが学校に来ない事とかどうでもいいの、亮は…)」





それに、親は?可笑しい。いつもなら叩き起こして来るのに。熱があろうが風邪になろうが母親は遅刻を許さなかった。

もう、なんなの?今日、休みだっけ?――そんな筈、ない。瑞希だって何も言ってなかったし。

あたしは渋々布団の外に出て、1階のリビングへ行く事にした。ここ数ヵ月雪が止まない。寒くて寒くて仕方がない。


その時あたしは異変に気が付いた。


何だか、生臭い、と言うか。

嫌な言い方をすれば、血生臭いと言うか。

少し、怖くなって足が止まる。





「(こんなところで止まってたら駄目だっつーの…激、ダサ?)」





意を決して階段を降りる。1階のリビングに広がる光景は、





「(何…これ。意味…分からない………怖い、怖い、怖い怖い怖い)」





血の様に真っ赤になっている絨毯、血が飛び散っているソファー、画面の割れたテレビ、ナイフが散乱する床。

頭が真っ白になる、何も考えられないってこういう事だと思った。

でもそれは一瞬のうちに”恐怖”に変わって、涙が出て来た。(多分、これは恐怖からじゃなくて生理的に)





「あら…。起きてたの?今から起こしに行こうと思ってたのよ」



「お母さ…ッ!!」





台所から出て来た母親は、至る所に返り血を浴びていて、髪がボサボサで、それでも不気味ににっこりと笑っていて、

―――手には、血がべったり付いた包丁を持っていた。





「い、や……」



、知ってる?」



「やだっ!来ないで!来ないでぇぇぇ!!!」



「世界が終わっちゃうんだって」



「う…あ……」



「地球に殺されるなら、同じ人類に殺された方が良いと思わない?」



「やだあああああああああああっ!!!!!」





ゆっくりと近寄ってくる母親に恐怖を覚えて、足ががくがく震えて、だんだん立てなくなってきて、座りこんで。

床に手をつけた時、ひやりとした感覚、刃。ナイフが、落ちてて。

母親は近づいてきてて、あたしを殺そうとしてて






ザシュッ






気が付いたら、母親は倒れてた。

胸にはナイフが刺さってた。





「あああああああああああああ!!!!!!!!!」





自分が叫んでることすらも分からなくて。もう、何が何だかって感じで。





「おじゃましますっ!先輩どうしたんですか!?せんぱッ…!!!」



「嫌ああああ!!!来ないで!来ないで!!!!!!!!」





あたしの叫びが聞こえたのか、隣の家の瑞希が駆け寄ってきて。制服で通学鞄を持ってた。

瑞希は絶句してて思わずかどうなのか知らないけど口を手で押さえてて。

それが先ほどの母親に見えて怖くて怖くて怖くて





ザシュッ





気付いたら、お腹を刺してた。





「…、せ…ぱ…ッ」





まるでスローモーションみたいにゆっくりと瑞希は後ろに倒れて行った。





「け…ご…」





瑞希のその言葉で我に帰る。

目の前には、血を沢山流した母親と瑞希。

自分の手には血まみれのナイフ。服には帰り血。





「嘘だ、あたしが、嘘だ、嘘だ」





震える血に染まった自分の手を見つめる。

その現実を認めたくなくて、これは夢だ、これは夢だ、何回も自分に言い聞かせて。

でも瑞希を刺した感触は、まだ掌に残っていた。





「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ…!!!」





よろよろと立ち上がる。視界が、ぼやける。真っ赤に染まったこの部屋が、余計赤く見えた。

ここから出てかなきゃ、 瞬時にそう思った。何故だか分からない。

でも、人を殺してしまった、2人も。逃げなきゃ、逃げなきゃ。


覚束ない足取りで廊下を歩き、玄関へ向かう。

あたしは裸足のまま扉を開けた。





外の世界も、ガラスが散らばってたり血があちらこちらに飛び散ってて。

足が、ひんやりする。痛い。でも構わず歩き続ける。




そのままずっと歩き続けて近くの公園に着いて。





「亮……」





あたしの記憶はそこで途切れた。