「きよすみさん!これ、なぁに?すごくきれい…」
「簪。がもうちょっと大人になったらきっとよく似合うから」
「ふぅん…じゃあ、それまで大切に持ってるね!」
「ん。ありがとう」
そしてはもう一度その簪を高く掲げ、とても嬉しそうに目を細めた。簪についた鈴が静かに音を立てた。

と初めて過ごしたクリスマス。急いで買ってきたプレゼントだけれど、何故簪を選んだのかはよく覚えてない。ぬいぐるみとか、おもちゃよりその簪がに似合うと思えたんだ。
きっとその簪は今はもう使われていないの部屋の奥底へ眠っているのだろう。…一度も持ち主に使われたことがないまま。








がいなくなって一気に静まり返ったこの屋敷も最初の内は跡部や幸村たち以外ひょっとしたら死んでいるのではないか、と心配するほど暗かった。とくに丸井や芥川、宍戸なんかは1ヵ月近くも部屋に閉じこもり食事さえ口にしなかった程だ。その時の屋敷の雰囲気っていったらこの世のものとは思えないほど暗くてどんよりしたものだった。
…跡部の、言う通りだ。俺達はを手放して正解だったんだ。あの時、達にを預けていなかったら。今、ここにがいたら俺達は絶対殺せなかった。


「明日、アイツが帰ってくる」
「あぁ…もう10年立ったのか」
「アレ、相当美味くなってるだろーな!」
10年前では言うことさえ出来なかった言葉をけろりと言ってみせるのはあんなにが大好きだった丸井。別に非難している訳じゃないが、なんとなく不思議な気持ちになった。
”アイツ”、”アレ”。彼らがの名前を口に出さないのはきっと恐怖からなのだと思う。きっと―名前を口にしたら、思い出が一気に溢れ返してきて苦しくなるから。


かくいう俺も、同じ。
「あの子、どーやって殺すの?」
不思議だ。あの頃の俺だったらこんなこと言いもしないし考えもしなかったというのに。それだけ10年という時間は俺らにを忘れさせるのには十分な時間を与えてくれた。


「ああ。向こうの屋敷の奴等にやらせる。『ちゃんと仕事をこなしたらテメー等にもとっておきの血をごちそうしてやるよ』って言ったら喜びながら承諾してきやがった。…それに、わざわざ俺様の手で殺すまでもないだろ」
「っちぇ。残念だC〜。俺、あの子の最期見たかったなぁー」
「んふっ、さぞかし素敵な声で泣き喚いてくれるでしょうね」
俺も君達と一緒だ。そうやって見栄張って嘘ついて、本当の気持ちを必死に押し殺す。…きっと、芥川なんかは無意識にそれをやってるから自分の本当の気持ちに気付いてなんかいないんだろうけど。

――――。

その言葉を見つけてしまったら、苦しくてしょうがなくなるから。

















「準備は出来たかい。行くよ」
「―――はい」


10年ぶりの大好きな人たちとの再会。どうして急に会わせてくれるのだろうか疑問に思ったけれど、あの人たちと会える、という気持ちが私の心をどうしようもなく踊らせた。
嬉しい。何を話したらいいんだろう。こっちの生活のことは何処から話せば良いのだろう。それに彼等の話も沢山聞きたい。慈朗さんは相変わらず何処でも寝てしまうのか、とか亮さんの伸ばし始めた髪は今何処まで伸びたのかも見たい。


すごく胸が高鳴る。浮かぶのはあの人の顔。それが何故だか分からないけど、10年前のあの笑顔を思い浮かべると急に心が締め付けられるのだ。あまりの痛さに病気かと心配したのだが、さんは病気じゃないと言っていた。じゃあ、これはなんなのだろうか。
「…清純、さん」
私、貴方から貰った簪はあの日以来ずっと肌身離さず持っていたんです。この屋敷に来た日も、ずっと。
「…、」
握り締めていた簪を束ねた髪にそっと刺す。


清純さん。私、少しだけでも簪が似合うようになりましたか?
















夜の0時を過ぎただろうか。
明日は10数年間待ち望んだ晩餐会だと言うのになかなか寝付けない。

――チリン

窓の外の闇から聞こえてきた鈴の音は、何故か儚い音のように聞こえた。


「って、…こんな時間に鈴の音が聞こえる訳ないじゃん…」


ああ、幻聴か。俺に早く寝ろとでも言っているのだろうか。

その瞬間、頭の中で一瞬17年前の記憶が蘇った。
あの日、俺が彼女にあげたのは――


――チリン


「〜っ………!」


俺は走り出していた。10年間積み重なった思いが音を立てて崩れていった。言葉を、見つけた。





会いたい。







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