が居るとすれば、あそこしかない。普段は使うことのない屋敷の外の空き部屋で、罰則を受ける者が閉じ込められる所。
自分がそこへ行って何をしようかなんて見当もつかないし、俺1人が騒いでも今更を殺すということが覆される筈もないってことも重々承知している。だけど、このまま薄々に会わないで彼女の血だけ飲んで…それで良い訳がない。
もし今夜の行動で俺が罰則を受けたとしても、死んだとしてもそんなのはもうどうでもいい。に、会いたい。


一気に階段を降りて裏庭の扉を開け、数十メートル離れた小屋まで全力で駆け抜ける。鍵が掛かっていたらどうしようか。…壊してしまえば良いか。
っ!」
ドアノブを回すと、すんなりと開く扉。多少驚きもしたが、それよりも彼女の姿を探した。まだ殺されてはいない筈。


「清純さん」


椅子に腰を掛けて彼女は月の光を浴びていた。
その姿は幻想的で、全てが彼女を引き立てていた。黒く長い髪も、雪のように白い肌も黒い着物も、全てが綺麗で艶かしかった。


「お久しぶりです」
心底嬉しそうに目を細め頬を赤らめたその仕草に、思わず息を呑む。
…?」
「――はい。」
10年前にもそうしたような、悪戯っ子のような笑みを浮かべ自分の頭についている簪を指差す。


「ずっと肌身離さず持っていました」
「っ、あ、ああ…」
「清純さん、私のこと忘れちゃってるかと思いました」
「俺がのこと、忘れる訳ないよ!」
俺がこの10年間、どれだけ君と会いたかったか。あの日からずっと感じていた罪悪感に悩まされながらも、君ともう一度会いたかった。
はそっと笑い、椅子から静かに立ってこちらへ歩いて来た。


「あのね、清純さん」
「…なーに?」
「私、皆さんとも会いたいです。いっぱい、お話したい」
「〜っ、」


もう押さえが利かなくなって、を思い切り抱きしめた。


「〜!」
「き、っきよすみ、さん!?」
、俺と逃げよう?」
「な、なんで――」
自然と口から出た言葉に自分で驚いた。「逃げよう」?俺、何言ってるんだろう。でもと逃げる、ということは少なからずを長く生かせるし、上手く行ったらそのまま殺さないで済むかもしれない。…掟破りだから、俺も見つかったら絶対殺されるだろうけど。


、よく聞いて…?」
「は、い」
はこれから、殺されるんだ。」


我ながら酷い言葉だと思ったが、他に言葉が見つからない。遠まわしに言ったって可笑しいし、何より時間が無い。
驚いて固まるを一旦離し、17年前に俺がを拾ったこと、その時から今日のことは決まっていたこと等を全部話した。
一気に聞かせたのだから、混乱したり泣き出したりするのではないかと思ったがは全ての話を聞き終えたあとそっと微笑んだ。


「やっぱり、そうなんですね」


”やっぱり、そうなんですね”――?
何を、言っているんだ?


「薄々気づいていました。だって血も吸えないし、私だけ年を取っていったりするのは流石に疑問に思いましたもん」
「っじゃあ、なんで!」
「清純さんが、」
「…」

「清純さんが、私の人生を変えてくれた」


違う。俺はの人生を”変えてしまった”んだ。


「感謝しているんです。清純さんにも、皆さんにも。」
「でもっ死ぬんだぞ!?怖いだろ…?」
「怖くないですよ。だって、私の血を捧げることが17年間のお礼になるんですから」


涙が、出てきた。
そこまでの決意は固くて、全て分かっていたのに此処までやって来て。最後は1人で死ぬなんて。


「じゃあ!」


自分でも声が震えているのが分かる。
嗚咽を飲み込みながらも必死に次の言葉を紡いだ。


「じゃあ、俺が今――を殺したって怖くないのか!」




「――怖く、ないですよ」


は口を一文字に結び、こちらを真剣な眼で見つめていた。


「なら、今すぐ殺してやる。怖くないんだろ」
「はい。…でも、」
「でも?」
「最期に、お願いを聞いてくれませんか」


ああ、は本当に怖くないんだ。
俺みたいに声は震えていなく凛としているし、何より真っ直ぐな眼をしていた。


「最期くらいなら…聞くさ。何?」
「私の使っていた部屋はまだありますか?」
「ああ。10年前のままだよ」
「机の引き出しに――大切なものが入っているんです。最期に、一目だけでも見たくて」
「大切な、もの?」
「見れば分かると思います…すごく、大切なものだから。なくしたくないんです。」


そっと目を閉じ、大切に、愛しむように。
――それが彼女の最期の望みなら何だって叶えてやる。


「分かった。取ってくるよ」
「はい、お願いします。大切に、大切に持っていてくださいね。いのち
「…え?」
「さ、行ってください」


はやんわりと笑い、少し首を傾げる。


、」
「はい?」
「…ごめん、ね」
「…はい」


その返答に背中を押され行きに来た道を再び走り出す。
にこりと笑った彼女の顔が、俺が見た最後の顔だった。




* * *




彼女の部屋に入るのは10年ぶりだ。あの日以来誰も入っておらず、ベットや棚は埃を被っていた。
そして同じくらい埃を被っている机を発見すると、迷わずそこへ歩いていく。引き出しは全部で4つ。

1段目から順番に引き出しを開けて行くが、殆どがクリスマスにが貰っていたプレゼントだった。
――他の奴等のプレゼントは机の中にしまっておいたのに、俺のだけはずっと持っていてくれたんだ。
その事実が何故だかどうしようも嬉しくなった。

の大切なもの――、このプレゼント全てだろうか。
いや、こんなに沢山のプレゼント全てということはありえないだろう。自身「すぐ分かる」と言っていたし。

暫くその作業を続け、数分が経った。
…これだけ探して見つからないのは可笑しいのではないか。
嫌な予感がした。もしかして、大切なものなんて元から部屋にはなかったんじゃ――


「っ!」


部屋の窓から上半身を乗り出し裏庭を見る。
暗くてよく分からないが、小屋の目の前で3人の影が見えた。
2人は体格から見て男(跡部が頼んだを殺す2人だろう)――もう1人は、


!」


間違いない。今からは殺されるんだ。
勢い良くの部屋を飛び出して今までにないくらい全力で走り抜ける。
彼女は…もしかして、

「はい、お願いします。大切に、大切に持っていてくださいね。いのち


元からこのつもりだったんだ――!
彼女は…!は、俺の命を救うつもりで…っ!俺がを殺したら、間違いなく俺も殺される。はそれに気づいていたんだ!だから部屋にありもしない大切なもの――俺の命を…!


「やめろ!」
裏庭へ飛び出し、小屋へ一直線に向かう。暗くてよく見えないが、人影だけは見える。1…2、…2、人…!


「〜っ!」
「よう、千石」

「ちょ〜ど今、終わった所だぜー」


首のない胴体。胴体のない首。紛れも無いだ…!


「っ、――く…っ…う、…ふ……っうわあああ!」
「な、なんだよー」
…!っ!」
「いーだろーがよ、これから美味しい血が飲めるんだぜー」
「そーだー!うっひゃ!楽しみー!」


通常ならば血が滴っている筈の彼女の体を強く抱きしめた。

分かった。分かったよ。

がそこまで言うなら俺、生きるから。



「ありがとう…」