じりじりと用心しながら仁王先輩に近寄る。
だ、大丈夫だ…!いざとなったら隣の家のおかっぱ純日本人野朗に教わった武道でがつん、だ!
強気で行くのだ!


「あの、仁王さん!」
「――ん?」


水道から顔をあげ眩しそうに目を細める仁王さん。
その細くて綺麗な髪の毛からは水滴が落ちる。ふと、こんな言葉が脳裏を過ぎった。

――水も滴る良い男

ぎゃ、ぎゃー!!!!
ないないないない!なにゆえ仁王さんが良い男なのだ!と、ときめいてなんかない!決してドキドキとかしてない!あたしは幸村さん一筋だっ!


「た、たおるっ!タオルどうぞ!」
「ん。ども。」
「どりんくもついでにどうぞ!」


仁王さんの顔を見ない様に俯いて地面とこんにちわをしながらドリンクとタオルを差し出す。


「ごくろうさん」


仁王さんはあっさりと受け取ると、タオルで顔を拭き始める。
あ、あれ…?
あたし的には「此処からじゃお前さんの彼氏も見えないじゃろ…ククク、クク、クハハハ!」的なイベントが起こってしまうのかもしれないとか予測していたのだがっ…仁王さんは普通、だ。まるであたしが眼中にもないような感じ。
そ、それはそれで別に良いのだ!いや、むしろそれが良いのだ!

―もしかして、だ!あの「幸村の女クフフ」発言は「世の中には悪い男もぎょうさんおるから気をつけなはれ〜」という意味じゃないだろうか!
そうだ!きっとそうなのだ!に、仁王さん…っ!今まで誤解していて本当に申し訳ない!仁王さんってば本当は良い人だったのだ!


「じゃぁ、あたし、行きますのでっ…」


謎が解けたところであたしは一礼をし、仁王さんの元を去ろうとする。


「あ―、待ちんしゃい」
「はいっ!何でしょうか?」


仁王さんは首にタオルをかけた状態であたしを呼びとめる。
急いで仁王さんの元に戻ると満面の笑みで仁王さんはこう言った。


「そうじゃな――。今は安全じゃろ?」
「はっ?」
「お前さんが彼氏と一緒におらん時。…夜道とか、気をつけんしゃい」


に、仁王さん…!優しい、優しすぎるっ!
なんだかんだ言って仁王さんはあたしと幸村さんを応援してくれてたんだ…うれしい!


「はい!気を付けます仁王さんっ!仁王さんも世の中の怖い女には気を付けなきゃ駄目ですよ〜」


じゃぁ、今度こそあたしは行きますっ!と仁王さんにひらひらと手を振ろうとするとその手をがしっと捕まれる。
きょとん、としていると仁王さんはもう片方の手をあたしの腰に回した。


「な。何ですか仁王さん!あたしと社交ダンスでも踊るつもりですか!?」
「例えば――今お前さんの前に居る男には気をつけんしゃい?」
「はっ!?何言ってるんですか仁王さん!頭おかしくなり――ぎゃっ!」


仁王さんの顔が近づいてくる。怖くなって目を瞑る。
仁王さんの、ざらざらとした舌の感触が耳の下辺りに感じる。それに驚き思わず体が跳ねる。
「や、だ」と声を漏らすと、仁王さんはあたしの頭を撫でて額にキスを落とした。


「じゃ、マネ頑張りんしゃい?」


そのままあたしを放し、てくてくとテニスコートに戻っていく仁王さん。


「え、いま、なにが、」


残されたあたしはしばらくの間口をぱくぱくさせていた。(あ、当たり前だ!)


――それを、幸村さんが見ていた事も知らずに。