これが、夢だったら良いのにって何回思った事だろう。目をあけたら、幸村さんが微笑んでくれてたらって。
実際目をあけて、見えたものは涙の所為で歪んだ天井だった。















「え、なんで、そんな、こと、」


仁王さんに抱きしめられた状態のまま、あたしは幸村さんを見た。笑顔が、引きつる。
幸村さんはあたしの事を一度も見ずに、背を向けて歩いて行ってしまった。


「――…っ、」


涙で景色が霞み、あたしはガクッ、と膝の力が抜けた気がした。





朦朧とした意識の中、仁王さんはあたしの額に手を当てる。すると、途端に厳しい顔になる仁王さん。あたしは「何で、今あたしの名前を呼ぶ人が仁王さんなんだろう」とか「幸村さんは、何処?」とか考えてて。そのままあたしの意識は途切れた。







気がつけば、家のベット。きっと仁王さんが連れてきてくれたんだ。
とりあえず、携帯。携帯は女子中生の必需品だ。あたしの部屋には時計がないので時間を確認するには携帯しかない。
ベットに立て掛けてあった鞄を探ると、長方形の何かが手に当たった。何だろう、と思って取り出してみる。


「――……。」


丁寧に包装された”何か”。言わずともあたしはこれが何なのかは知ってる。これが…今此処にある事は可笑しい筈なのに。その存在が、昨日の出来事が真実であることを裏付けていた。
また涙が込みあげてきて、あたしはその”何か”を机の引き出しの奥深くに押し込めた。

そして、今度こそ携帯を取り出す。あたしは携帯を見て、吃驚した。


「3月、7日…?しかも、着信23件に、メール54件って、」


どうやらあたしは1日ずっと寝てたらしい。着信やメールは、全部クラスメイトからだった。「何で今日来ないの?」「どうしたの?」中には、「ばーか!のばーか」と、明らかにイタズラ目的で送られてきたメールもあった。(それを見て笑っちゃったあたしもあたしなんだけど)
…幸村さんからのは、やっぱり1個もない。…うん、でもずっと家に居る訳にもいかない。学校に、行かなきゃ。今の時間だったら、3時間目には間に合う。――、学校に、行かなきゃ。




























深呼吸を1つして、あたしは教室の扉を開ける。


「おはよう、ございます…」


みんなの視線があたしへと注がれる。先生はあたしをちら、と見ると、「早く席に着けよ。」と一言だけ言った。


「わー!じゃん!」
が復活だ!」
「お帰りー!」


自分の席へ向かう途中、声を掛けて来てくれるみんな。やっぱあたしはみんなが大好きだ!みんなが協力してくれたからあたしは幸村さ、んと………。
…本当、あたしは何やってるんだろう。

笑顔のみんなに、「ごめんなさい、」と小さく呟いた。
























「――で、何があったの?」
「え?」


昼食の時間、不意にちゃんがそう訪ねてくる。あたしは何のことか分からなかった――のも一瞬で、ああ、やっぱりちゃんって凄いや。あたしのことなんでもお見通しなんだ、と思った。


「幸村さん、に…『別れよう』って、言われた…」
「…
「………」
「あんた、馬鹿?みんな、みんなの為に協力してくれてたんだよ?」
「――っ、」


――親友なら。いつものちゃんなら、「そっか、」って言って優しく微笑んでくれるのに。今日のちゃんは呆れた顔でそう言った。
『みんなあたしの為に協力してくれた』。そんなの、あたしが一番分かってる。他の誰でもない、あたしが一番分かってる。


だってずっと頑張ってきたじゃん。1回振られても諦めなかったじゃん!」
「だって、あれは」
「こんなの、あたしが知るじゃない」
「――でも」
、諦めちゃ駄目だよ!」
「…、ちゃん」


あたしの目を真っ直ぐ見て、真剣な瞳でそう言うちゃん。…そうだよ。こんなとこで諦めてちゃ駄目なんだ!あれだって、仁王さんの所為な訳で…ちゃんと、説明すれば分かってくれる…筈…。……違う、違う!隣の家の一発入魂野朗も言ってたじゃないか!大事なのは「自分がその人を好きかどうか」!あたしは幸村さんが好きだ!そうだよ、この気持ちさえあれば!
「うん!」と力強く頷くあたしを見て、ちゃんはニカ、と笑う。…その時、「ちゃん、」と呼ぶ声が聞こえた。その声がする方を振り向けば、優希さんが扉に立っていた。


「あ、優希さんだ!行って来るね!」
「うん!」


にこにこ笑うちゃんに「頑張れよー」と応援されながらも、あたしは優希さんの元に小走りで向かう。


「優希さん、こんにちは!」
「うん、こんにちは。ちょっとテニ部の事で話したい事があるんだけど、今大丈夫かな?」
「はい、平気ですよ!」
「じゃぁ、こっち来て?」
「はい!」


優希さんの後を着いていくと、角を曲がり人通りの少ない廊下へと連れ出される。テニ部の事…、多分、マネージャー関係だろう!何だ何だ。あ、勝手に休むな!とかだろうか。それに関しては申し訳ない限りである。
優希さんは言いずらそうな顔をして、ゆっくりと口を開いた。


「その…言い辛いんだけどね…幸村くんと、何かあった…よね?」
「え…」
「それで、監督が『練習に差し支えが出る』って言って…ちゃん、一段落落着くまで部活に出てくるの禁止するって…」
「……、」
「監督、『王者立海』を育てる為に厳しいし…忙しいから、私、伝える様に言われたんだ」
「……」
「じゃあ…ごめんね」


気まずそうに頭を下げて、すたすたと去って行く優希さん。
部活に出てくるの、禁止……、それじゃあ、もう幸村さんとの接点が…なくなっちゃう…。あたしは携帯番号だってめーるあどれすだって知ってるのに、知ってるのに…。優希さんの言葉にショックで、あたしはただ立ち尽くすだけだった。


「お前さん――、今日は来たんか」


独特のイントネーション。顔を見なくたって分かる。何で、仁王さんは…こうも良いタイミングで毎度毎度現れるんだろう。


「心配…したぜよ」


抑えていた物が、全部全部爆発してしまう。


「熱は――」
「仁王さんの馬鹿!!」


向かいあっている仁王さんの顔も見ずに、あたしはそう叫んだ。我慢出来ずに零れ落ちる涙。あたし、本当何回泣いてるんだろう。


「仁王さんのばかぁ…!におう、さんの所為で、ぜんぶ、ぜんぶ…駄目になっちゃった、」
「…」
「にお、さんが、意地悪するから…幸村さん、ッ――う、っ…ひっ、」
「…」
「におーさんのばかぁ…」


こんなの八つ当たりだ。分かってる。…だったら仁王さんがいっそのことあたしを冷たい目で見て、「楽しかったぜよ。お前と幸村を別れさせるのは」とか酷い言葉を言ってくれればいい。




「本気で、――好いとうよ…?」




歯車が、狂いだす。まるで、最初からこうなるかの様に。