「本気で、――好いとうよ…?」


仁王さんの視線が、あたしに向いているのが嫌でも分かる。目が合った瞬間、仁王さんってばこれでもか、って位切なそうに顔を歪めてて。ああ、本気なんだ。本当にあたしの事、好きなんだ、って思った。何で、あたしなんだろう。もう、分からないよ。幸村さんに、会いたいよ。















目の前で泣く彼女を見て、なんとも言えない複雑な気持ちになった。が幸村の事を好きなのは知ってた。それでも好きになってしまった。
やっぱり俺の恋は間違いだらけ。彼女を泣かせたくなんてなかったのに。――間違った恋は、これで2回目、だ。あの時と、名前も、状況も、全て同じ。
幼い俺達は、あまりにも無知だった。何が正しいのか、何が悪いのかも分からないで、それでも…ただひたすら好きだったんだ。








「雅治、美也子、行くわよ」
「はーい」
「いまいくー!」


今日は、母さんの兄妹の家――つまりは、従兄弟の家に初めて行く日だった。姉は、当時15歳だった。今の俺と、同じ年齢。その頃の俺はまだ小学校にもあがってない子供で、いつも姉の背中ばかり追いかけていた。そんな俺に、姉はいつも微笑んでで手を伸ばしてくれた。
相手の従兄弟は、俺と同い年の男の子と姉と同い年の女の子って聞かされていて、俺は会うのが楽しみで、それでも少し緊張してて、複雑な気持ちだったのを覚えてる。


「おねえちゃん、たのしみだね!」
「そうね。仲良く出来ると良いね」
「そうだね!」


俺の姉は、10人中10人が「美人か?」と聞かれたら思わず頷いてしまう様な容姿だった。そんな姉を男共がほおっておく筈もなく、姉には当然彼氏も居た。その彼氏にはあった事はないけど、きっと並以上の容姿だったと思う。


「さ、雅治。行こう」
「うん!」


勿論俺も姉が大好きだった。当然、”家族として”だけども。





























あいつ――精市、の家は。俺の家とは踏み切りを挟んで20分程の距離で。一軒家で、花が沢山植えられていて、明るい雰囲気の家だった。マンションに暮らしてた俺は、精市の家がとても羨ましかった。
母がインターホンに手をかけて、その後すぐにドタドタ、と言う音が家の中から聞こえて来た。


「こんにちわ!!」


ドアが開いて、俺と同じ身長くらいの精市がにこにこしながらそう言った。


「あら、こんにちは。家にあがっても良いかしら?」
「うん!良いよ!」
「ふふ、ありがとう。じゃぁ、おじゃまします」


母親が家へと入っていって、玄関に残るのは俺、精市、姉の3人だった。
精市は俺を見てにこにこと笑い、「行こ!」と手をひっぱって家の中へと進んで行った。姉もそんな俺達を見て笑いながら家へ入って行った。


「ぼくね、せーいち言うの!きみは?」
「まさはる!」
「まさはる!なかよくしようね」
「うん、せーいち!」
「まさはるの、お姉さんってどれ?」
「ああ…あれ――、」


きょろきょろと家を見回し、談笑している俺の姉と精市の姉を指差した。
精市の姉は、ふわふわとウェーブのかかった髪の、とても優しそうに微笑む人で。

時が、止まった気がした。

どくん、どくんと胸が波を打って。
俺達はこの時、お互いの姉に初恋をしたんだ。
勿論、精市の姉にだって彼氏は居た。でもそんな事関係もなく、従兄弟だってことも何にも関係なく、ただただ惹かれた。








それから仲良くなった俺達は、度々会う様になっていった。







俺達の姉同士も気が合うらしく、会うのを楽しみにしていた。会う場所は、大抵精市の家。
花を見たり、バーベキューをしたり、花火をやったり、泊まりに行ったり。

別れる時は、いつも踏み切りまで精市達は見送りに来てくれた。
俺はその踏み切りが大嫌いだった。
「もっと、もっと長く踏み切りがなっててくれれば良いのに」と、いつも思っていた。そうすれば、精市の姉――、の傍に、ずっと居れるのに。その思いは精市も同じだった。――だから、思いついてしまったのだ。全てを壊してしまった、あの夏の出気事を。
















「せーいち。あのふみきり、なんとかならないのかな」
「でんしゃ、とめられたら良いんだけど・・・それはさすがにむりだよね」
「うん。少しでも長く、いっしょにいれる方法、ないかな」
「1びょうでもながく・・・」


俺達は馬鹿だったから。ただ傍に居たくて、思いついた方法。
『電車が通りすぎる直前に、遮断棒をくぐってお互いの姉の元へ行く』
―今考えれば、くだらない。それに凄く危険で、ありえない話。
だけど俺達は1秒でも傍に居たくて。その為なら何でも出来ると思っていた。
その作戦は、その日の帰りに実行された。













、じゃぁ、また今度」
「うん、また遊びに来てね」
「まさはる、またね」
「うん」


遮断棒が上がって、俺と姉は手を繋ぎながら踏み切りを渡り歩いて行く。
渡り終わった後も後ろを向いて、手を振り合っていた。


―――カンカンカンカン


俺と精市は、目を合わせた。


―――カンカンカンカン


今、だ。


「精市!?」
「雅治!危ない!!!」


姉の手を振りほどき、遮断棒を潜り抜ける。
そのまま反対側の遮断棒へと走って、走って、走る。


――ププー!!


電車のライトが眩しい位当たって、姉の悲痛な叫びが聞こえて。後ろから何かに押され、思いっきり飛ばされて、地面に打ち付けられて。
目をあけて、居るはずのが居なくて。
こんな筈じゃなかったのに。どうして、どうして。



――ある夏の出気事。俺達は初恋相手を殺した。