人間、誰にだって秘密はあるが私の秘密は人一倍凄い(と、思う)。秘密と言ってもとある人物と付き合っている、という事だけなのだが、もしそれがバレた所で友人は誰一人信じないだろうし第一彼がそういうのをあまり好きではないのだ。


「おっしっりかじりむし〜♪」
「古っ」
「この前うたばん出てたよ!」


これから始まる部活に備えて、自分のトランペットを丁寧に磨いていく。明日、彼と久しぶりに会えるのだ。楽しみすぎる。彼との付き合いは唐突に始まり、何故あんなにも美しい彼が平凡な私と付き合ってくれたなんて考えたらキリがない。私の彼氏はそりゃあもうかっこいいのだ。自惚れなんかじゃ決してないくらいに!


「うへへ〜へへへ」
「・・」
「あっ引かないで!」
「大丈夫、みんななれました」


正面に座り、同じくトランペットを磨いている友人がにやにやしながらそう言ってくる。部活内での扱いにも慣れっこだ。とにかく今日の私は機嫌が良い。明日の事を考えるだけで楽しみだし、不安もあるし、緊張して手足が痺れて来る!やばい、こんな調子で演奏したら絶対に間違える!

でも結局は彼と会えるのが泣きたい位に楽しみで、にやにやを抑えきれない。・・その時だった。急にが目を真ん丸くしながら音楽室に飛び込んで来たのは。


、ちわーっす!」
「っ!お客さん、来てる!!」
「は?なに?」
「そこで、待ってる!!」


いつもは冷静なが此処まではしゃいでいるのは珍しい。が指差した先は音楽室の入り口。誰だ?先生か?何かいけない事でもしたっけ。それとも課題出し忘れてるっけ?全然分からない!とりあえず、とトランペットをケースに載せ、入り口に向か・・・・・・・。


・・・・。


・・・・・・開いた口が、暫く塞がらなかった。なんたって向かった先には、腕を組み、廊下にもたれ掛かった彼が居たのだ!彼はゆっくりと私を見た後、口許を綺麗に吊り上げた。やばい、やばい。相変わらず笑顔が美しすぎる!しかも、だ!今日はいつもの浴衣や袴ではなく(彼は役者なのか、作家なのかは知らないがいつも浴衣や袴を身に着けているのだ。これが吃驚する程似合う!)白の羽織物に紺色のズボン!爽やか、かつかっこいい!なんだか学生みたいに見える!

彼は妖しい笑みを浮かべたまま、その長く透き通った様な指で手招きをする。手の動きがなんとも言えない。えろい・・!こりゃあ、手の動きだけで18禁だ!なんて馬鹿なことを考えていた私は、無意識に頷き、慌てて音楽室に逆戻りしていた。そして鞄とブレザーを引っ掴んでまた走り出す。磨きかけのトランペットも、唖然としている友人達も、これから部活だって事も全て頭の中から飛んでしまっていた。


「え゛っ、!?」
「ごめん帰るバイバイ!」


友達の言葉も受け流し、音楽室から飛び出す。どきどきしながらも彼の近くへ。・・い、今わたし!変じゃないかな!
彼は私を一目見遣ると、廊下を歩き出す。私も慌てて歩き出し、彼の隣に並ぶ。自然に絡み取られた手は震えていた、と思う。


「な、なんで・・どうしたんですか」


出来るだけ落ち着いて言ったつもりだったが、緊張している事は彼にバレバレだった気がする。彼は相変わらず余裕そうに口許を緩める。


「仕事が 早く終わったから」


甘い声にとろけそうだ・・!もう大好きすぎる。ゆっくりとした喋り方も、少しハスキーな所もみんなみんな大好きだ!


「迎えに来てくれたんです、ね」


私がそう言葉を紡ぐと、彼は私の顔を見つめ、これまた綺麗に微笑んだ。無言の回答がこれまた彼らしい。その笑顔があまりにも優美で「あなたのために仕事を早く終わらせたんだ」と言ってるみたいだな、なんて錯覚してしまった。

気が付けば廊下に居る全員が彼の顔を食い入るように見つめていた。偶然トイレから出てきたいつもがおちゃらけ担当の男子までもが魅入ってる様だった。何だか妙に誇らしい。だけれど、ちょっと・・嫌だ。

急に不安になって彼の手をきつく握りしめる。すると、彼の手がそっと離れてしまった(え、嫌だったの!?)・・と思いきや、再びするりと私の指の間に入り込んで来る。こっ!恋人繋ぎ・・!!

呆然としている間にいつの間にか下駄箱へ。彼の手が今度は靴を履き替える為に離れたので、私も靴を履き替える。


「どうも」


彼は傍に立っていた事務員さんに向かって頭を下げ、私の半歩先を進む。そして事務員さんが見えなくなってきた所で、また私の手を握りしめてきた。


「そういえば、どうやって学校に入ってきたんですか」
「――さんの、兄だと言った」
「・・な、なるほど」


本当に感心したのだが、中々腑に落ちない。兄、と言われたことに不満を感じているのかもしれない。さっきだって彼を見つめるたくさんの視線に嫉妬してしまったし、私ってば子供だ。彼は大人。飽きられてしまうかもしれない。そう考えたら、急に涙が溢れそうになってしまった。ああ、だから子供なのに。


さん」
「はい」


彼の瞳が私に向けられる。彼の手が、私を再び手招きする。耳を寄せれば、彼はそっと甘い声で囁いた。


「私が好きなのは・・さん だけだ」


ああ、彼は何でもお見通しなのだ。



ちいさな親切、
ちいさな愛のことばが、
地上を天国のように幸福にする手助けをする。