私があと少しだけ遅く生まれたら。私とあいつの股間についているものが反対になったら。たった少しの差が今は大きな差になって。せめて双子の姉なんかじゃなくて、もっと年の離れた姉だったら良かったのに!ああ、考えれば考える程腹が立って来た!


ってよー、本当は跡部のこと」
「私の前で『跡部』なんて呼ばないで!」
「はいはい。でさ、あー・・弟のこと、本当は好きなんじゃねーの?」
「!何よそれ!何を根拠にそんなこと言ってるのよ!くだらないこと言ってるとぶつわよ!」
「えー、だって・・それ」


同じクラスの宍戸が指差したのは私の膝に乗っかっている少しばかり汚れたスケッチブック。昔から絵を描くのが大好きで、暇な時は丁度テニスコートがよく見えて尚且つ、人があまり通らない裏庭に来て絵を描いている。
最初は花壇に整って生えている花や木に止まる鳥なんかを描いていたのだけど、何時からか私のスケッチブックはラケットを持った人たちで埋まっていた。

今回は、あいつ。
あいつのフォームは認めたくないけど綺麗で、思わず凝視してしまう。・・絵的には丁度良いから描いてるだけなのに。なんなのよこいつ!


「あ、あんたもさっさと練習行きなさいよ!」
「今は校内で練習試合中。俺は休憩中。」
「他の所で休憩したら良いじゃない」
「テニスコートが見えるしファンも寄って来ない。そんな裏庭は俺達にとっても最高のポジションなんやで?」
「そーそー。今は跡部と滝が試合中だぜ!」
「忍足に向日まで!分かったわ。私が他の所に行く」


スケッチブックを慎重に閉じ立ち上がろうとするとぐいっと腕を引っ張られそのまままた芝生の上へ座り込んでしまった。
腕を掴む人物こと忍足は意地悪くにやにや笑う。ああ、もう!なんなのよこいつら!


「まーまー。もうすぐアトベサマもやって来まんねんよーっと」
「は、放しなさいよ!」
「跡部にもその絵見せてやればいいのに。なあ、侑士」


向日はスケッチブックを指差しながらも同意を求める様に忍足を見つめる。忍足もうんうんそうやで、と頷き続いて宍戸もうんうん、と頷いた。


「冗談じゃないわよ。わ、私あいつのことき、き、嫌い、なんだから!」
「あー?俺様は姉上の事好きだけどな」
「っけ、けい、ご」


スポーツタオルを首から下げながらもだるそうに髪をかき上げる景吾。景吾が現れた瞬間忍足が私の腕を放したから慌てて両腕でスケッチブックを抱きしめた。
その動作を見た景吾は少し吃驚したように目を一瞬丸くさせ、なんだか呆れた様な声を出した。


「お前、それ・・」
「〜っ!あ、あんたには、関係、ないでしょ!」
「・・まだ持ってたのかよ」
「!!」


景吾の言葉に思わず顔に熱が集まる。あんたに取ってはそんなもの、とか思うかもしれないけど私にとっては大切な物だ!
いつもは景吾にしか構わないお父様が、私が7歳の頃くれたスケッチブック。「はいつも絵を描いているからな」って言って渡された誕生日プレゼント。お父様もお母様も何も分かっちゃくれない。私が絵を描いていたのは、みんな景吾にしか目を向けてくれないからだよ。いつも私は景吾の次だった。


「けい、ごのばか!別に、いいじゃない・・っ」
「悪いだなんて言ってねぇけど」
「景吾はそうやってすぐ人の揚げ足を――!」


さっき忍足がやってみせた様に、景吾が私の腕を思い切り引っ張る。急に近くなる景吾の顔は我ながらやっぱり艶やかで、色っぽかった。


「もっと俺を近くで見て・・もう寂しそうな顔すんなよ」


何を、知った様に。景吾なんか何も分からないくせに。
景吾の大きい手が私の頭を軽く撫でる。


「わ、私は」
「つまんねぇ意地なんかもう張るんじゃねぇ」


ぎゅ、と切なそうに眉を寄せた弟の顔が視界に入ったと思えば、いきなり視界が暗くなる。遠くに聞こえるのは忍足たちの、茶化すような口笛。私、もしかしたら弟に抱きしめられてるのかもしれない。


「俺だって寂しかったんだ」


耳元で景吾の掠れた声がした。その声が私の涙腺を刺激する。もう、なんでもいい。


「おい、写メでも撮っとこうぜ!」
「おっ良いアイディアやながっくん!携帯携帯ー」
「早くしろよ!跡部姉弟のこんなシーンレアだぜ!」


「・・てめーら本当、しばくぞ」
「何やってんのよ!お金取るわよ!」


やっぱり、何でも良くない。





DEAR

        BROTHER