彼女は感じていた。今日から送る中学校生活に不安を。兄が氷帝学園に通っていたので妹の自分も今年からこの学校に通う事になった。そこには全く問題はなく、寧ろ身内が学校内に居るならば不安は皆無の筈だが彼女にとってはそこが重要なのだ。


「さ、着いたわよ。やっぱり氷帝学園は広いわねぇ」
「‥そうだね」
「あ、じゃあお母さんはあっちみたいだから行くわね。はあっちに行くのよ」
「うん」


母親が指差した先には緊張の色を隠しきれない新入生達がぼちぼちと歩いていた。 そして、それを品定めする様に在校生達がそれぞれ固まりになって自分達を見つめている。 ご苦労な事だなあと感じつつもその固まりを観察しながら歩いていると、ふと視界に一際目立つ3人組が入って来た。見た目からして派手なので3年生だろうか、と思いを巡らせた瞬間。その団体の一人と偶然目が合ってしまった。それはよく見る見知った顔。自分の兄、宍戸亮だった。しかも固まってぎょっとしている。手でも振ろうかと右手を上げると、彼は益々顔を歪ませ、首を勢いよく左右に振る。だめだ、だめだ!こっちに来るな!彼の表情は、そう言ってる様だった。


「おい、自分何してんねん」
「え゛っ!!」
「可愛いコでもいた〜?」
「いいいいいないいない!お、俺はあの髪の長い子とか全然可愛いくないと思います!!」


彼等の視線が一斉に自分に向けられる。自分の容姿が決して優れてはいないと自覚していたが、実の兄にそう言われると流石に腹立たしい。彼女は眉間に皺を寄せ、歩くスピードを一層速めた。馬鹿兄貴。何も目の前で言わなくたって‥。


「ほんまやなあ。俺目星付けよーっと」
「は!?おまえ、ばか!駄目だってそれは!」
「宍戸声でかいC〜」
「いや、だ、だってあいつは止めとけよ!」
「何、宍戸あの子の知り合なのかい?」
「知り合いも何も妹だ!!‥‥あっ」


なんだ、ばか。あの人達が何の話してるかは予想つくけど兄貴、本当に最低だ!はぐるりと後ろを向き、ぎゃあぎゃあと一人騒ぎ立てている兄をひと睨みする。兄はずっと自分を見ていたらしく、すぐに目が合いたじろいだ。


「ばか。ひどい。さいてい」


それだけを吐き捨てると彼女は再び歩き出す。一方兄と言えば、3つの単語の解読が調度終わった所だった。馬鹿、酷い‥‥最低!大変だ、彼女に嫌われてしまう!そう思うだけでさーっと血の気が引いて行くのを感じた。慌てて妹の後を追う。違う、違うんだ!


!いや!あの!ごめん!!」


ぎゅう、と縋り付く様に千奈の腕を握る。は振り向く事もせず、ただ立ち止まり嫌悪をたっぷりと含んだ声色で静かに呟く。


「‥嫌い」
「きっきら‥!!?」


目眩がした。頭の中が真っ白になった気がした。きらい‥!?放心状態の自分をほおっておく様に、彼女の足が再び動き出したので少し転びそうになりながらも慌てて自分の足も動かす。


「‥はなして」
!なあ、俺はお前がいっちばんか、可愛いと思ってる!!」
「‥」
!俺は世界でいっちばんお前が好き!」


あまりの恥ずかしさに分かった、分かったから!と声を荒げれば安心した様に彼は締まりのない笑顔を見せた。彼は今自分がどれだけ恥ずかしい事をしているのか分かっていないのだろう。現に兄妹は、多大な注目を集めていた。迷惑そうに顔をしかめ俯くと、へらへらした顔の亮。彼が1番会わせたくなかったテニス部の友人達を始め、そのファンクラブや他の在校生、果てには新入生までもが二人を見つめていた。


「何か宍戸兄妹の関係が分かった瞬間だな」
「ん〜。あのこかわE〜‥」
「‥見てられへんわ」


そして彼女は翌日、テニス部の部長跡部景吾と劇的な出会いを果たす。そこから始まる彼女の騒がしい学園生活。彼女の予感は、やはり当たっていた。




ミクロコスモス