普通の姉って、一般的にはどういう人を指すのか。少なくとも、うちの姉は普通ではないとは思う。


ああ、もう!何で私なのよ・・


苛々が募る。それもこれも、全て姉の所為だ。
背が高く、男にも間違われる位クールなに対し、姉のは背が低く、目がくりっとしていて可愛いらしい。しっかりしている、やたらと問題を起こす。性格は真反対で、実の母親にも「あんた達は生まれてくる順番が違ったわね」とよく言われる程だ。
それに加え、にはすぐに男の人に惚れてしまうというやっかいな癖があった。ただ人を好きになるのならば良いのだが、必ずと言っていいほどはそれに巻き込まれる。今回も例外なしに、だ。


何で私がお姉ちゃんの相手を、見極めたりしなきゃならないの!


都内の女子高に通う姉妹の姉、が恋をしたのは近くの有名な男子校、立海に通う人だった。帰宅途中、いきなり声をかけられたらしい。つまり、ナンパだ。


「ほんっとカッコよかったの!それで私、この人だって思っちゃって・・こういうの、一目ぼれって言うのね」
「・・。」
「それでね、明日・・会うことになってるの。南公園で待ち合わせ!」
「良かったじゃない」
「でもね、ほら・・ナンパってことは、女の子に手馴れてるってことでしょう?」
「まあ、普通に考えてね」
「だから今一良い人か分からなくて・・!お願い!明日、私の代わりに行って、本当に良い人か確かめて来てくれない?」
「ええ、何で私なの!?嫌だ、絶対嫌!」



断固拒否しただが、上手いこと言い包められてしまってその人と会うことになってしまった。やっぱり納得いかないわ、と怒りながらも南公園のベンチに座る。名前は幸村と言うらしい。まだ公園にはやって来ていない様だ。
1月の冷たい風がの体を突き刺す。とても寒い。はマフラーに顔を埋めながらも彼の到着を待った。

そうして、3分程経った時、前方から幸村らしき人影が見えた。遠目からでも分かる。多分、かなりのイケメンだ。しかも、姉が好きそうな。


「あの」


立ち上がり、公園へ着いたばかりの男のもとへ駆け寄る。男は綺麗な顔を不思議そうに傾けた。


「幸村さんですか」
「はい・・貴方は?」


幸村はマフラーに埋めた顔を少しだけ持ち上げる。幸村の綺麗な唇の形が姿を現した。


の妹です」
「え?」
「姉、今日熱があって寝込んでて、携帯も昨日の夜壊しちゃったみたいで。そのことを伝えるため、私が代わりに来ました」
「ああ、そうなんですか・・さん、大丈夫ですか?」
「はい。ご心配おかけして申し訳ありません」
「いえいえ。貴方が謝らなくても」


幸村は苦笑いを浮かべ、顔の前で手をひらひらと振る。中々好青年っぽいし、今回の人は大丈夫かもしれない。
幾分かホッとして口許を緩めると、幸村が近づいて来た。


「ねぇ、君可愛いね」


優しそうな微笑を浮かべながら、幸村はの顎をそっと指先で掴んだ。ポケットに手を入れていたのか、割と暖かい。幸村は更に顔を近づけてくる。


「俺、お姉さんより君の方が好みかもしれない、な」


耳元で囁かれた所為か、ぞくぞくする。それと同時にこみ上げてくるのは怒り。唇と唇があと少しで触れ合うという時、は右手を幸村の頬に強く叩きつけた。パシン。乾いた音が公園に鳴り響く。そして、何もせずにきょとんとしている幸村。


「最低だわ。こんな人、姉と付きあわせられない」


ほら、見なさい。やっぱりナンパに良い人なんていないのよ!チャラチャラした男の人ばっか!
幸村を睨みつけ、踵を返して歩き出す。何あの人。今私に何キスしようとした!ありえない、あんなチャラ男ありえない。


「待てよ」


右腕をぐい、と引かれ思わず歩を止める。売られた喧嘩は買う主義のは覚悟を決め、幸村の顔を睨みつける。幸村も先ほどの優しそうな笑みは何処へやら、恐ろしく冷たい、人を見下すような顔になっていた。本性出したわね、こいつ。


「何ですか」
「困るんだよね。こっちは昼飯奢んなきゃいけなくなっちゃうから」
「は?」
「友達とゲーム。1週間でどれだけ落とせるか」


信じられない!と嫌悪での眉は寄るばかり。こんな最低男、一生に見るか見ないか位だ。こんな男に姉は捕まろうとしていたのか。


「君のお姉ちゃんには黙っててよ」
「・・馬鹿にしないでください」
「馬鹿になんかしてない。俺は本気だ」


幸村の右手を掴む力が徐々に強くなる。コート越しでも伝わるこの痛さは尋常じゃない。


「ま、君が俺のこと言っても、またあいつなら騙せそうか」
「!?」
「でもさー、俺、邪魔されんの大嫌いなんだよね」


幸村の目が益々冷たくなり、腕を握る力も強くなる。とうとうがその痛さに顔を顰めても、幸村は一向に行為を止めようとしない。
もう片方の手でビンタをかまそうとした瞬間、の後頭部が幸村の大きな手で思いっきり押さえつけられる。しまった、と思ったのももう遅く、幸村の顔があっと言う間に迫ってきた。
愛情なんてそんなものは勿論ない。噛み付くような、乱暴なキス。息が乱れていくだけで他のことなんて何も感じれない。長くて、苦しいいキスが終わった直後に見えた幸村の顔は相変わらず無表情で、ただを見下していた。


「っざけんな!」


荒れる息を整える暇もなく、が幸村のコートの襟を掴み勢い良く掴み、懐に入り込み背負い投げをかます。突然のことで幸村は受身を取るのが精一杯だった。これ程授業で柔道を習っておいて良かったと思った日はないな、とぼんやり感じる。


「いつか、痛い目見ますよ!」


そう言って走り去っていくの背を、幸村はようやく起き上がった状態で見送る。背中が少し痛いが、じきに止むだろう。ああ、それにしても


「面白いモノ、見〜つけた」






隣人を愛せ、人を見たら恋人と思え

(あー、もう!今時本当にあんな人居るんだ!ありえないでしょ普通!あんな優しそうな顔して詐欺だわ!)
(結果的には俺の奢りになりそうだけど、別に良いや。久しぶりに楽しめそうだなあ。あー、笑いが止まんないヤバイ)