胸がどきどきする。変な汗が出てきそうだ。机に突っ伏して寝たふりなんかをしてみるが、一向に落ち着かない。時計を見やればあと10分でHRが始まっていしまうという時刻になっていた。

彼女はいつも、HRの開始の3分前位にやってくる。慌てて走ることもなく、普通の顔をして教室に入って来るのだ。何故そんなことを知っているのか、と問えば仁王は顔を真っ赤にして俯くだろう。毎朝彼女の姿を探すために覚えてしまったのだ。しかしそれを意識せずにしてしまうので仕方がない。直しようのないことだ。

刻一刻と時計の針は進んでいく。あまりにも落ち着かない仁王は、一旦柳生のクラスに顔を出して来ようかと考える。仁王が他のクラスに遊びに行くことは滅多にないが、今日という日は仕方がないだろう。しょうがない、仁王はヘタレなのだ。

席を立ち、もう一度時計を見上げる。あと7分でHRだ。柳生のクラスは隣だし、これと言って話をするつもりでもない。5分あれば戻って来れるだろう。

そしてクラス中の女子の視線を無意識に浴びつつ、仁王は扉へと歩き出す。その時だった。


「うん。分かった分かった!じゃ、またねー」


数メートル先に、一緒に通学したであろう友人と別れるの姿があった。


「(あー・・くる・・!)」


待ちに待っていた彼女がこちらに向かって歩いてくる。いきなりのことに仁王は心の準備が出来ておらず、無意識のうちに2、3歩後ずさりしてしまった。

そうこうしている内に、が自分の目の前までやってきた。扉の横に立っている仁王をちらりと見て、教室に入ろうと歩を進める。


「・・っ


の視線が、自分に突き刺さる。まるで「なに?」とでも言いたそうに首をかしげている。で、女子にモテモテなあの仁王がまさか自分に声をかけるとは思わなかったのだろう。


「おはよう」


言ってしまった。ついに言ってしまった。

ただの挨拶だと言うのに、仁王の顔は燃える火のごとく真っ赤に染まっていた。慌ててそれを隠すために俯き、ポケットに手を突っ込む。


「おは、よう」


かなり戸惑いながらも、は仁王に挨拶を返す。頭の中には疑問符ばかりが浮かんでいたが、言葉と共にふわりと笑った。


「〜っ」


返事が返って来たことが嬉しく、ちらりと上目遣いにを見た仁王はその笑顔に気づき、さらに赤くなる。恥ずかしいし、嬉しい。胸がどくんどくんと波打つのが自分でも確かに感じられた。


「ん」


その時の仁王の笑顔を見た女子は、皆思わず見ほれてしまうだろう。それほど仁王の顔はふわりと優しく、満足気に目を細めていた。言うまでもなく、この笑顔も無意識である。こうやって仁王は女の子をどんどん虜にしてってしまうのだ。

その後仁王は、にっこにこしながら柳生のクラスへ向かったと言う。そして仁王が「挨拶できた。あいつ、かわいすぎ!」と柳生に耳打ちすると、柳生は「よかったですねえ」と彼の進歩を祝ったという。ちなみにこの仁王が柳生に耳打ちした姿は他の人の目には『妖しく、艶やかな雰囲気を感じさせるような密談』と映っただとか。



He felt very happy.