「あっ、あたしがばい!」


戦は先手必勝!そうだ!あたしは先手だ!ふっはっは、すぐに幸村さんは降伏するに違いない!
……筈なのにどうして、女の子に囲まれている幸村さんはあんなにも優雅に笑っているのだろう?













「…何か言ったらどうですかっ!」
「…」


あたしは幸村さんを睨みつけたままそう言う。クラスのみんなは固まっていて、幸村さんはにこにこと笑っている。さっきからずっと沈黙が続いている…あ、あたしはもしやスベッてしまったのだろうか!いや、あれはスベる台詞ではない筈――なんてもんもんと考えていると、微笑んでいた幸村さんが口を開いた。

「ふふ、キミ面白い子だね。僕が探しているのはキミじゃなくて、” ”っていう女の子なんだ?」
「っえ…?」


は?意味が分かりませんよ幸村さん、どっからどう見てもあたしがではないですか。とうとうその目も腐ってしまっ――ああっ!そうか!幸村さんは『めちゃめちゃ奥手なさん』=『キング オブ 』という図式を知らないんだ!
なんて男だ幸村さん……!あたしはふぅ、と息をつくと、黒縁メガネを外した。


「あたすぃが、です。幸村さん!はっはっは、驚いたでしょう!?」
「…」


か、噛んだ…!大事な台詞を噛んでしまった!いや、今はそんな事を考えるな!大丈夫だ。此処で引いたら女が廃る!


「言っておきますけど、決闘とは言え暴力は反対ですよ!」
「…ふふ、随分と変わったんだね。気付かなかったよ」
「変わったって…褒めてるんですか?それとも貶してるんですか?」
「両方かな。どっちかって言うと後者。」
「っ…し、失礼な!あたしは幸村さんを見返してやろうと思って――っ」


幸村さんの言葉が、痛い。胸にチクチクと突き刺さる。う、此処で泣いたら負けなのに…、泣いたら幸村さんを喜ばせるだけなのに、涙が零れ落ちてくる。周りなんてもう気にしていられない。涙は、止まらない。


「酷いですよっ幸村さんは!あたしは確かにキモかったです!ウザいストーカー女でしたっ!でもあたし、あたし……――うぅ、何で此処までするんですか、もうほっといてくださいよ…」


ああ、もういやだ。次の言葉を言おうとしても言葉が出てこない。言おうとすると喉につっかえて途切れ途切れに嗚咽が零れるだけだった。
しばらくその状態が続いていると、「ちょっと、ごめんね」と幸村さんの声(多分女の子に言ってるんだ)が聞こえてきて、誰かがあたしの目の前に立った。前は向けないけど――多分、幸村さんだ。


「なんなん、ですかっ…」
「うん、俺も最初は勘違いだと思ったんだけどね、」
「…?」
「――まぁ、居なくなってから分かったんだけれど。」
「何、の話ですか…(早くどっか行ってくれ)」
、好きだよ」


頭の真上で囁かれた言葉。
――幸村さん、何の冗談ですか。酷い。酷すぎる。どういう仕返しなんだ、これは!


「冗談やめて下さい。」
「冗談じゃないよ?」
「ッ!信じませんよ、だってあたしの事――ッ」


時間が、一瞬止まった。頭が真っ白になるっていうのは多分この事だろう。あたしの頬にかかる、くるくると程よくカールした黒髪。目の前には目を瞑った幸村さんの顔。これは、紛れもないキス(何で、何で?)聞こえるのはクラスの女の子の悲鳴。(ごめんなさい)(…あれ?何であたし謝ってるの?)きっとそれは5秒にも満たない短いキスだったと思うけど、あたしには永遠の様に感じた。そして、幸村さんの顔がゆっくりと遠ざかっていく。


「近すぎて分からなかった。遠くなってようやく分かったんだ。」
「ほんとう、ですか…?」
「本当。好きだ。」
「うう、うえええええん、幸村さぁあんっ!」


堪え切れずに声に出して泣き喚く。今は、何も考えられない。頭の中で、あたしの記憶がぐるぐると回る。「好き」「好き」「幸村さんが、あたしを」本当かどうかなんて今のあたしには考えられなかった。


その後わんわんと泣き喚くあたしを、幸村さんは優しく抱き閉めてくれたのであった。