新学期が始まって早々出された課題を見つめて溜息をつく。机に向かってからどの位の時間が経過したのだろうか。1時間以上は経ったに違い無い。それなのに課題は真っ白のまま。仕方ない、図書館にでも行って調べるか。
うんこらせ、と誰も居ないのを良い事に眼鏡を外すのと共に思い切り背伸びをし、花井は課題を鞄に放り込んだ。



*  *  *



「・・・」


図書館への道を歩いていると、自動販売機の前でしゃがみこみ必死に何かを取ろうとしている人影が見えた。大方、小銭が販売機の下へ転がり落ちてしまったのだろう。小銭くらい諦めれば良いのに、その人影は腕を伸ばすのを止めようとしない。こんなに暑いのにご苦労な事だ、とちょっぴり感心しながらも自販機を通り過ぎようとするとその人影と目が合った。


「あ、花井くんだー」
「・・・?」


薄い笑顔を貼り付けて力が抜ける様に笑いかけてくるはここ最近知り合った人物。よく分からないが田島の幼馴染らしい。スキンシップが若干激しいから彼女かとも思ったが本人達は何も言っていなかったので違うのだろう。寧ろの方に恋愛感情がこれっぽっちも見えない。
取っ付き易い性格は何処と無く田島と似ていてなるほど、幼馴染だと納得出来た。だから他の奴等ともすぐ仲良くなって今や部活の実質マネジ。みんな「可愛い」「可愛い」と言っているが恋愛感情はないだろう。冗談でそういうノリになった感じだろうし。
花井は一息付きながらもしゃがみこんでいると釣り合う様少し腰を曲げながら疑問を投げ掛けた。


「金、落としたのか?」
「うん。ポカリ買おうとしたら手滑っちゃって」
「あー・・取ってやるよ。何処?」
「ほんと!?ありがとー!此処っ」


は花井のスペースを空け自販機の下を指差す。確認するために覗いてみると、奥の方で一瞬光る物があった。よし、と自販機の下に手を伸ばす。地面に腕が触れひんやりした感覚が伝わってくるのを感じながら暫く穿鑿していると丸くて冷たい物に指先が触れた。それを掴んでそのまま引きずり出すと、少し汚れた100円玉が顔を出した。


「ん」
「うわあ、ありがとう!花井くんすごいー!」
「どういたしまして」


目を輝かせながらも100円玉を受け取り、はポカリを購入した。そんなに喜ばれるとは思っていなかった花井は流石に嬉しくなり自然と口元が綻んでしまった。相当喉が渇いていたのかこちらが見ていて気持ち良い程の勢いで一気飲みをし、一通り飲み干すと「ふぅ」と声を漏らしは改めて花井と向き合った。


「ありがとー、助かった!花井くん腕長いんだね!」
「そ、そうか?背が高いからじゃね?」
「身長何センチー?」
「この前測った時は181だった」
「うひょう!」


ポカリを小さな手で握り締めながら尊敬の眼差しで花井を見つめる。自分からしてみれば20センチ近く違うのはにとって珍しいものだった。幼馴染の田島でさえ164なのでこんな背の高い人には滅多に会えない。
がまた目を輝かせながら自分を見つめるものだから花井もまた口元が綻んでしまった。


「背が高い人ってかっこういい!あたしも花井くんみたいになりたいなあ」
「女子が180もあったらちょっと嫌だって」
「ええ、そうかなあ。かっこういいよ!」
はそのままで良いだろ」
「へへ、ありがとう」



あれ、俺なに言ってんだろう。
別に恥ずかしくない言葉の筈なのに何処となく恥ずかしい。深い意味は。深い意味はない筈だ、と言い聞かせ泳いでいた視線をに戻す。
からん。空き缶入れに空っぽのポカリを投げ込みはそういえば、と言葉を発した。どうやらさっきの言葉はあまり気にしていないらしい。いや、当たり前なのだろうけど。


「花井くんお出かけ?引き止めちゃってごめんね」
「いや、全然平気。課題分かんねーから図書館行こうと思って」
「あ、本当?あたしも図書館行く予定だったんだあ!一緒に行ってもいいー?」
「おう。別に構わないけど」


は嬉しそうに顔を綻ばせ花井の隣へ寄り添った。



* * *



「あ、らっきー。机空いてる」


視線を傾ければの見る先には丁度2つ空いた机が。
ここら辺には図書館が1つしかないから季節を問わず毎回混んでいたりするのだが、今回は何故か人の出入りが少ない。は空いている右の方の席へ座り鞄からプリントを取り出した。花井もそれを一瞥しながらの隣へ腰を掛け同じく鞄から課題を取り出す。


も課題か何か?」
「うん。図書館でやるとやる気が出るから」
「あー、それは分かる」
「花井くんも課題?」
「ああ。全然分かんねーからさ」
「そっかあ。・・あ、ちょっと見せてー」


は中3で花井は高1。どう考えてもにこの内容が分かるとは思えないが、言われた通りにの掌に課題を乗せてやる。
はプリントを受け取えり上から下まで軽く読みくだくき、にっこりと笑った。


「あたし、これ分かるよー」
「え…マジかよ!?」
「うん。これ中学の復習もちょっと入ってるよね。それと新しい公式1つを組み合わせてー・・」


シャーペンを取り出し、自分のプリントの裏に次々書き込んで行くは普段から想像出来ないような頭の良さを十分に見せ付けていた。
予想もしていなかった展開に少し驚かされながら花井も必死にの話を聞き込む。教師の回りくどい説明よりもシンプルでかえってこっちの方が分かりやすいと思えた。


「でね、この数字が出たらあとは法則使えば答えが出るって訳です」
「すげぇ・・!よく分かったわ、サンキュ!」
「いえいえー!お金拾ってくれたお礼!」


花井の役に立てた事が嬉しいのかは頬をほんのり赤く染めこれまた嬉しそうに微笑む。
花井は最後の仕上げに答えを書きながらもに問いかけた。


「なあ、って何で高1の勉強分かんの?」
「えへへー、あたしね、小さい頃から悠一郎くんの教科書も読んでたから1つ上の学年の勉強分かるんだあ。」
「へえー、すげぇなあ」
「悠一郎くんに勉強教えてたのあたしだもん。ちょっと立場逆だよね」
「はは、そうだな。でも田島ならなんとなく納得」
「悠一郎くんは1回理解すれば後はぜーんぶ分かっちゃうんだよ。あたしはすぐ忘れちゃうんだけどね」
「なんか足りない所助け合ってる感じだな。幼馴染って感じがする」


お互い作業に戻りながらも時々言葉を交わしていく。よく分からないけれどこの空間が心地よかった。
しばらく会話を続けて徐々に会話が少なくなり、シャーペンを走らせる音がよく響いた。不意に、消しゴムを肘で弾いてしまった。転がる消しゴムはの足元へ。手を伸ばすとも消しゴムを取ろうとしてくれていたらしく、手と手が触れ合ってしまった。


目と目が合う。


ふわり。


が口元を緩ませ音を立てずにそっと微笑む。


普段からは想像出来ない様な、一面。何だか得した様な、嬉しいような、くすぐったいような、不思議な感覚に襲われた。