「「「お願いしまーす!」」」
「「「お願いしまーす!」」」


お互いに深く頭を下げ睨み合う両チーム。その瞳の中には「外周10週は本気で嫌だ」「外周10週なんてやっていられない」「だからお前がやれ」「いやお前がやれ」という言葉が刻み込まれていた。
ただだけは空気を読めておらず、始終楽しそうに笑顔。の目の前に立っていた千代はピリピリした空気に若干怖気づいていたにも関わらずつられて笑顔になってしまった。

1回表はAチームの攻撃。最初にバッターボックスに入ってきたのはやはりだったが、Bチームは先ほどのの「1週回れば」発言から当たり前だがすっかり油断しきっていた。


「うっす!」


そして相変わらず楽しそうなの顔。何だ、俺と一緒のチームじゃないのにそんな楽しそうな顔。それを見て何故だか腹が立った田島はむっと眉を寄せる。
一方はそんな田島の変化に気づかない。打つぞ、打って走って、みんなの足を引っ張らないようにしなきゃ!そんな思いが募り強くバットを握り締めた。
田島が三橋に真ん中にストレート、とサインを送る。三橋はきょどきょどしながらも田島のミットへと球投げ込んだ


「(ええと、これは・・ボール、かな?)」

「ボーッ!」
ー!ナイス!」
「よく見てよく見て!」

「(う、あ!は、外しちゃった!き、嫌われちゃう!)」


モモカンの声と共に湧き上がるAチームのベンチ。あいつ、相当あがってる。コントロールだけは良いのに。阿部はすぐに三橋の状態を見抜いたが今の自分にはどうする事も出来ない。寧ろ三橋がいつもの調子を出さない方が好都合なのだ。


「(みっはっし!大丈夫だから俺を信じろー!)」


真っ青な三橋にそんな意味も込めてウィンクを投げる田島。それを受け取った三橋は今にも泣き出しそうな顔をしながらもこくんと頷いた。
そして更にサインを出し、ミットを構えた。

三橋の投げた球が、の元へ勢い良く飛んできた。びゅん。勢い良く、バットを振る音。


カキーン


「やった!」


の打った球はセンターへと急降下して行く。油断しきっていたBチームは一瞬呆気に取られたものの、すぐに動き出した。


「篠岡っ!ファースト、ファースト!!」
「〜っ!」


千代が高く上がったボールを取ろうと必死に腕を広げるが、ボールは千代の真後ろに綺麗に落ちてしまう。千代は慌てながらもボールを拾い既に構えている泉へと勢い良くボールを投げた。


「よし、ナイスって、あ・・!」


一方と言えばファーストを通り過ぎてセカンドへ走り抜けている途中だった。あと3メートル程で2塁のベースへ届きそうだったが間に合いそうにはない。
その読みは正しく、は泉と栄口にはさまれてしまった。


「う、わ!」
「待てー!」
「わわっ、わ!」


確かに野球は上手いかもしれない。だけれども無茶苦茶すぎる!はさまれてしまった以上、相当足が速くて俊敏でなければアウトだ・・!


ー!頑張れ!」
さーん!」


うう、これ、タッチされちゃ駄目なんだよね!?
自分の目の前には泉がグローブを構えながらもどんどん近づいてくる。方向転換すれば今度は栄口が迫ってくる。明らかに2人の距離が縮まって来ているのだけは分かった。
やばい、アウトになってしまうかもしれない。1周すれば1点なのだから走ってしまったモノ勝ち!と思っていた自分を殴りたい衝動に駆られながらもは必死に逃げ回っていた。そして、もう次方向転換した時には絶対タッチされてしまう。そんな状況になった時だった。目の前には球を持ってタッチしようと腕を伸ばしてくる栄口。足を回転させ素早く後ろを向き――頭上でボールが渡ったのを確認し――再度前を向き、最後のチャンスだと自分に言い聞かせ栄口に猛突進していった。


「っ!」


はそのままボールを手にしていない栄口の脇をすり抜け、2塁のベースへスライディング。急いで泉から球を受け取りを追う栄口は直ぐにタッチをしたが、それと同時にがベースに触れた。緊張しながらも近くに立っているシガポの言葉を待つ。アウト、絶対アウトだと祈りながら。


「セーフ!」
「ったぁ!!」


一気にベンチから歓声が湧き出てきた。身を乗り出して声を上げるメンバーに対しては起き上がりながらもぐっと親指を立ててにかにかと笑った。凄い。さっきの速さは凄かった。女子なのにあんな俊敏だなんて・・いや、ちょっと失礼かもしれないけど。流石に凄いな・・やられた。泉は栄口と目を合わせポジションへと戻って行った。栄口も驚いた様に眼を丸くしていた。当然だ。油断していた相手に此処までやられてしまったのだから。


さん・・凄いねー!」
「えへへ、すっごく嬉しい!負けないからねー!」
「こっちだって負けないよ!」


全身泥だらけなのに満面の笑みの彼女は何だか惹かれた。今までに会った事の無いような女の子。思わず顔についた土をグローブを外している方の手ではらってやったらくすぐったそうに片目を閉じ、またニッと嬉しそうに彼女は笑った。


あ、今は敵なんだった。



* * *



初回にして2塁へ飛び出たはその後華麗にも1点先取点を取った。それによって三橋は更にびびってしまいまともな球を投げれる様な状態ではなくなってしまった。おかげで2番の花井の追加点も許してしまい2−0で1回裏へ。
Bチームの攻撃は泉、千代が塁へ出た所で田島が見事にセンターの奥へ球を飛ばし、一気に2点が入った。これで2−2。同点となったところで2回表へ突入。同点になったことで随分落ち着いた三橋はようやくいつものコントロールが戻り何とか同点のまま裏へ持ち越した。3回表では西広が奇跡的にも追加点1。

そしてそんな両チーム1歩も譲らない防攻戦が続き遂に3−2で5回裏へ。このまま勝ち越せばAチームの勝利だ。


「あと1回!気合入れて行こうぜ!」
「「「おう!」」」
「センターも気ぃ抜くなよ!」
「うん!またフライ取る!」
「っしゃー、守ろうぜ!」
「「「おう!」」」


ぐっ、ぱっ、と自分のグローブの感触を確かめながらもセンターへと走っていく。そんなを後ろから抜かしながらも巣山は彼女の頭の上に自分の手を軽く載せた。


「頑張ろうな!」
「うん!巣山くんも頑張ってね!」
「おう!楽になれる様頑張るから!」
「誰が?」
「誰って、さん」
「あはは、了解ですしょーじさんっ」


がっと腕と腕を合わせ各々のポジションへ走っていく巣山と。見たとおり、単にふざけ合って名前で呼び合っただけなのだが偶然それを見ていた田島はふつふつと胸の奥に湧き上がるものを感じた。何だか気に食わない、と思いながらもバッターボックスへ入る田島。ちくしょう、絶対打ってやる。
サインを受け取ったのか、投げるフォームを取る花井。ちくしょう、花井め。花井もなんだか最近と仲が良い気がする。ああ、絶対打ってやる!

・・と心構えしていた田島だったが、後ろに居た阿部も立ち上がり敬遠を始められてしまった。何だかやりきれなかった田島だったが、ちくしょう、点は入れてやる!と再度胸に誓ったのであった。
その後田島は2塁まで進んだが2個アウトを取られた状態だった。次の打者は泉。

花井がボールを投げる構えを取る。当然バントで来るだろうと誰もが思った。――が、泉はそのまま大きく球を打ち上げた。カキーンという音が鳴り見事に上がる球。真っ直ぐ、センターの方へと向かっている。


ー!」
「よっしゃー!行け田島ー!」


その間にも田島は着実に塁を進めて行く。これで、が泉の上げたフライを取ってくれれば勝ち越しだ。は大きく腕を広げ球を取ろうと必死にバックして行く。


「!」


が、勢い良く飛び込んだ。

暫く倒れていただが、立ち上がった瞬間――ボールをしっかりとグローブの中で握り締めていた。


「アウッ!」
「っしゃああ!」
「やったー!!!」


がぴょんぴょん飛び跳ね、走ってきた水谷が思いっきりに抱きついた。ぎゅうううと勢い良く抱きしめられ「よくやった!よくやった!」の嵐。そのままを絞め殺してしまいそうな勢いだ。
そこに花井が入ってきて花井もに飛びつき、西広と巣山はやってきた途端頭を勢い良く撫で回した。阿部が到着した頃にはお祭り騒ぎで阿部も心底嬉しそうにその輪に加わった。


「(・・・)」
「負けた・・」
「外周10週・・」
「ひっ!ご、ごめん なさいっ!」
「三橋くんの所為じゃないよ!すっごく頑張ったよ、私達!」
「うんうん、頑張ったよ!」


一方静まり返ったBチームは総出で励ましあったがどうしても目線だけはAチーム――抱きしめあってる、と言うより抱きしめられてる――に向いてしまっていた。


「やったね!勝ったよ、勝った!!」
「おう、勝った!」
「よくやったよ皆!!」


勝利を分かち合う6人だったが、その後モモカンの集合の声が掛かり何とも気まずそうにから離れたのは言うまでもない。当の本人以外の顔は真っ赤になっていた。















「・・・、」
「ゆーいちろうくんっどうしてそんな不機嫌なの?」
「・・第一負けたし・・(それに・・)」
「ええ、あたし勝ち負けなしにすっごく楽しかったよ?確かに勝ったのも嬉しかったけど」
「何で?」
「だって悠一郎くんとやっと一緒に野球出来たんだもん!嬉しくって嬉しくって!」
「!」
「悠一郎君やっぱかっこよかったあ。楽しかったし、大好きだよ!」
「〜っお、俺も!」