もうあそこには帰りたくない。酷い頭痛、全身の激しい痛みを感じながらもそれだけは確かに強く思った。
悔しさと恐怖から手を固く握りしめる。また彼等の性欲処理機として扱われる日々なんてもうごめんだ。
「居たか!?」
「いや、見つからねぇ。でもこの近くに居るのは確かだ!」
近くから追っ手と思われる男達の声。見つかりたくない一身から、慌てて狭く暗い路地へ入り込んだ。もしもの時に備えてメイド服の下に常備されていた小型銃を取り出す。
銃を構え声のする方をじっと見つめていて、私はそのことだけに神経を集中させていたからかもしれない。後ろからいきなり手をつかまれた時はもう死ぬかと思って銃を撃つことも忘れてしまったのだ。
「こっち」
「〜っ!」
「静かに」
そっと人差し指を唇に添え、優しく微笑む姿はあまりにも優雅で。暗闇の所為で顔なんてよく見えなったけど一瞬にして思った。
――ああ、この人に着いて行こう と。
*
「で、テメーは誰だ」
手を握られたまま連れてこられた先は、どうやら巨大なマフィアの本部らしい。建物の大きさと使用人の数がそれを十分すぎる程に語っていた。
またマフィアか、と溜息さえつきそうになったが、目の前には私と同い年ぐらいの青年が銃を私の頭に突き立てて、鋭い瞳でこちらを睨んでいる。
「あ、あの、決して怪しい者――」
「嘘つきやがったらドタマかち割んぞ」
「――です・・」
きっと今の私ときたら顔面蒼白に違いない。私は助けられたのか、それともまた窮地に立たされているのかすら分からなくなってきた。
そんな今にも殺人が起きそうな空気の中、私を助けてくれたあの人は困ったように苦笑した。ああ・・その姿まで美しい!
「リボーン、とりあえず銃降ろして。あとシャマルの所に連れて行ってあげて」
「黙れ。大体ツナ、てめーの所為だぞ」
「リボーン」
「・・・・」
なるほど・・このお方はツナさんと言うらしい。なんて綺麗な響きなんだろう。
ツナさんは相当の権力を持っているのか、その一言で私の頭からはゆっく銃が降ろされた。・・リボーンさんと呼ばれた青年は舌打ちをしたけれども。
「目を見れば分かる」
その言葉に反応した私とツナさんの視線が絡み合う。ツナさんは腕を組み、小首を傾げまた優しそうに微笑んだ。ああ、ツナさんが笑うとなんだか落ち着く。
「俺はどうなっても知らねーぞ」
「ああ、俺が全て責任を取る」
「・・」
リボーンさんはツナさんを一睨みすると私に着いて来い、とだけ言い放ちさっさと歩いて行ってしまった。
何処へ連れて行くつもりなのか疑問に思ったが、どうやら私は殺されないらしい。とりあえずツナさんに感謝の念を込めて頭を下げ、慌ててリボーンさんの後を追った。
「おう雲雀。今帰りか」
「そうだけど。綱吉はどこ」
「大ホールだ」
リボーンさんと一定間隔を保ちながら廊下を歩いていると、どうやら仲間の方に出会ったらしい。うう、私ここに居てもいいんだろうか。また銃を突きつけられたりしないだろうか。どきどきしながらも2人の会話をこっそり聞いていると急に雲雀、と呼ばれた男の人が私を真っ直ぐに見つめた。
「・・?」
顔を顰め、徐々に近づいてくる雲雀さん。な、何で私の名前を知っているの!まさか追っ手・・?
「やっと 見つけた・・」
ぎゅうう、と私の頭を押さえる様に抱きしめる雲雀さん。意味が分からなくて唖然とする私。だ、誰だこの人!しかも強く抱きしめられたことで、傷を負った体がちくちくとまた痛み出した。
「」
抱きしめるのをやめたかと思えば次は名前呼び。勿論名前なんて教えた記憶は毛頭ないので疑問ばかりが思い浮かぶ。だけどひばりさんはそんなことを気にしている様子はなく、もう一度「、」と私の名前を呼んだ。
「だ」
私の顔を見つめて、嬉しそうに笑う雲雀さん。その一見無愛想な顔からは想像出来ないような笑顔に思わず胸が高鳴る。可愛い・・!
だけど私はこの人と初対面だ。段々と疑問が積もってくる。聞きづらい雰囲気だけれども、このまま意味が分からないのも困る。意を決して口を開く。
「あ、あの・・」
「なに?」
「あなた・・誰、ですか?」
その瞬間、雲雀さんの顔に失意の色が浮かんだ。
TOWER
(There is no rose without a thorn. )