目立つところに貼ってあった各団の得点表は隠されてしまった。それはもう種目が残り少ないのも関係しているのだろう。あと残された種目は2つ。――応援合戦と、団対抗リレー。

入場門では各団が列になって並んでいる。
始まる。ついに、応援合戦が始まる。これが終わったら、完全にあたしは宍戸への想いを断ち切る。本当に、これが最後の――。


「おい、なんだよ。緊張してんのか?」
「なんだよ宍戸。してないわい!」
「まあまあ。踊り間違えても後で俺が笑ってやるから、気にすんな!」
「余計気にするし・・」


隣で笑う能天気バカはあたしがどんな気持ちでいるかなんて知らないんだろう。
生まれてから15年間、ほとんど隣に居た宍戸。あの日のこと、あんたは覚えてるのかな。


「うわあん!おかあさん、どこぉ、ひっく」
!」
「っく、う・・りょうー!」



幼い、頃宍戸の家族とあたしの家族で海に遊びに行った日のこと。ふと目を離した隙に迷子になってしまったあたしを、宍戸は見つけ出してくれた。


「りょうー!うわああん!」
「な、なくなよ!かえるぞ!」



泣きじゃくるあたしを宍戸は困ったように眉を寄せ、あたしの手を握って強引に歩き出した。


「ひっく・・」
、もうだいじょうぶだぜ!」
「うう、こわかったー!」



一向に泣き止まないあたしの顔を見て、宍戸はぽんぽん、とあたしの頭を撫でた。


「もうまいごになるなよ」
「っく、う、ん」
「どっかいくときはおれもいっしょに行く!」
「うん、うん」
「おれたちずっといっしょだからな!」
「うん、りょうー!」



その時、前をずんずん歩く宍戸の顔は見れなかったけれど、どんな顔をしていたのかな。
その後実は宍戸も帰り道を分からなくて、また泣き出したあたしを見て宍戸も泣きそうに顔を歪めて。でも宍戸は最後まで泣かなかったっけ。

10数年前の話を、宍戸は覚えているだろうか。まだお互いを名前で呼び合っていた頃のこと。中学生になってお互い名前呼びだということを同級生にからかわれて、それ以来苗字で呼ぶようになって。


、青団終わったら次俺達だぞ。・・おい、まじで大丈夫か?」
「・・ちょっとガチで緊張してきたかも」
「ちょっ!んなこと言ったら、お、俺も緊張してきちゃっただろーが!」


なんだよそれ。あたしの所為じゃない!
その反論すら喉でつっかえて、上手く言葉に出せない。

ああ。恋ってこんなに苦い味だったっけ。宍戸が由梨ちゃんと付き合った時もなんとも言えない気持ちだったな。・・まあ、元から宍戸と付き合いたい!!って感情はなかったけど。なんていうか、ただいつも通りにバカやって、殴られて、変なことで笑って。純粋にそれだけで、あたしは満たされてた。

トップバッターの青団の演技が、もうすぐで終わろうとしている。グランドの真ん中の方では、団長をてっぺんに乗せたタワーが完成しようとしていた。あれね。組体操でやるやつね。

そして団長を乗せたタワーが完成し、音楽がぴたりと鳴り止む。途端に会場からは拍手が沸きあがった。

しばらくして青団が退場し、次はあたし達の出番だ。由梨ちゃんやちゃん、田中たちと目が合い、グッ!と親指を立てる。


『それでは赤団の皆さんは、演技を始めてください』


最後に宍戸と目を合わせ、軽く頷きあう。そして宍戸が立ち上がり、あたしもそれにつられるようにして立ち上がった。


「もうさ、ここまで来たら、優勝とか関係ねーよ!」


え、宍戸なに叫んでるの!?こんなの台本になかったよね!?あたし達2人が立ち上がって、ちょっと「今まで辛い練習があったけど〜」みたいな演説して、「行くぞー!!」でみんなと一緒に駆け出す筈なのに!


「なんつーかさ・・「みんな今までついてきてくれてアリガトー」みたいな決められた台詞なんて言いたくねーし!!激ダサだぜ!まあ、本当についてきてくれてありがとうとは思うけど」


くるっと、宍戸があたしを見てにかりと笑った。


「だから・・楽しもうぜ!!」
「「「おおおおお!!」」」
「「行くぞー!!」」
「「「おおおおお!!!!」」」


音楽が流れ出す。突然の宍戸の台本破りの台詞にみんなは笑顔満開でグランドを走り出す。流石だなあ。なんて思っちゃうあたしは末期なんだろうか。


「ありがと!緊張解れた!」
「まあな、感謝しろよ!!」


宍戸と笑い合って定位置までかけて行き、踊りが始まるのを決められていた姿勢で待つ。
こんな風に、笑い合っているのがすごい楽しいんだ。ずっとこの時間が続けばいいのに。

大塚愛ちゃんの、あの乙女な歌が始まる。ううん、やっぱむず痒いわーい!!


『パパの〜ような人に惹かれてるような〜後に〜気づく なぞ〜♪』


練習したステップを踏んで、練習したように大きく腕を振り上げて。宍戸と目が合う度、笑って。楽しい。やっぱりこれで最後なんて嫌だよ。


『惹かれてしまうのが何より証拠〜Ah-HA?Ah-HA?Ah-HA?』


しゃがみこんで、宍戸と手をつないで一気にジャンプする。
楽しい。本当に、あたしって幸せだ。
隣の宍戸から笑い声が漏れる。思わずそれにつられてあたしも笑ってしまった。


『チューリップの恋模様〜♪チューすればするほど好きになーるー♪』


だめだー!やっぱこの振り付けあたし恥ずかしいわ!なんでみんなこんな振り付け普通の顔して出来るんだろう!しかも歌詞も恥ずかしいし。


『チューリップの恋模様〜♪チューすれば気づく運命の相手!』


胸のあたりでハートを作り、宍戸の方を指差す。練習ではこのとき、いつもあたしはそっぽを向いてた。こう、素直に宍戸の顔見て「運命の相手」で指を指すことが出来なくて。
でも最後だから、意を決してあたしも宍戸の顔を見た。宍戸もあたしの方を指さしていて、どこか寂しげな笑顔であたしを見ていた。

1瞬のことだけど、宍戸が何かを言いたげに口を開いた。


ちな、と。


彼の口がそう動いたように見えたのは、あたしの都合の良い勘違いだったんだろう。


そして宍戸はくるっと身を軽く回転させ、次の隊形へと走って移動する。
その背中を、あたしも走って追った。

いつの間にか背中も逞しくなって、まるであの幼い日の宍戸の背中とは別人のようだ。
なんて考えて走っていると後ろから背中を誰かに叩かれた。ああ、田中だ。田中はにやりと笑みを浮かべて、ぐいぐいあたしを抜かしていった。それがやけにむかついて、なんとか田中と並び合う。ふっ!お前なんかあたしの敵じゃない!

みんなが半円を描くように丸くなり、その中心に宍戸とあたしが立つ。今から始まるのは、最近の流行っているあの歌を替え歌にした、赤団の応援歌。
これを歌い終わって、もう1曲踊ったら赤団の応援合戦は終わる。あたしの宍戸への恋も、一緒に終わる。

ふと隣にいる宍戸を見やる。こうやって隣に並ぶのも最後なのかもしれない。

ねえ、宍戸。宍戸はずっと気づいていなかったかもしれないけれど、私はさ。小さい頃から・・















あなたのことが、ずっとずっと、大好きでした。