「あら・・・どなたかしら?」
月の光が差し込む部屋で、彼女は綺麗に笑っていた。


その妖美な笑顔に一瞬心を奪われながらも、俺は言葉を紡ぐ。
「吸血鬼――ご存知ですか?」
にこりと笑いかけると、彼女は顔に疑問の色を浮かべた。


「吸血鬼・・・絵本で見た吸血鬼は、黒いタキシードを着ていたわ。貴方みたいに浴衣は着ていなかった。」
「それは絵本の中だけです。まぁ、お望みならば今度からタキシードを着てきますが?」
「ふふ、よく言うわ。今度なんて、ないくせに。」
「分かりません。何処かで会うかもしれない。」
1歩1歩彼女との距離を縮める。近くで見る彼女は酷く艶やかで思わず心臓が波打った。


「よい夢を」
俺は酷く美しいその首元に噛り付いた。















* * *















――こんなに美味しい血を味わったのは久しぶりだった。
腕の中でぐったりとしている彼女をソファーへ寝かす。
最近は不味い血しか飲んでいなかった所為か彼女の血は酷く美味しく感じた。まるで、未だ穢れていない乙女の様に。


「そろそろ行くかな」
あっちに帰ったら今日の事を自慢してやろう、と俺は思った。きっと皆息を呑んで俺の話に夢中になるに違いない。
(最近・・・あいつ等も「不味い血しかない」って嘆いてたからなー。ああ、今日の血飲ませてやりたかった。)


「まま・・・?」
まだあどけない顔をした子が現れたのは、窓を開け、飛び立とうとした時だった。
少女は真っ直ぐな瞳で俺を見上げた後、ソファーに居る彼女を見つけると吃驚した様に目を丸くした。


――あちゃー・・・タイミングが悪かった。しょうがない。今の事は忘れて貰わなければ。
「ホント、ゴメンね。」
少女の頭に触れようとした瞬間。ずっと俯いていた少女が潤んだ瞳で再び俺を見上げてきた。


「・・・ひっ、う・・・ままぁ・・・」
「っ・・・、」
「ぅ、っ・・・うわぁああん!ままぁ!」


千石清純、大ピンチ。
女の子の涙は、誰のものであろうと弱い俺。そんな俺の目の前で泣き喚く少女。
・・・この子、この後どうやって暮らすんだろう。父親はいないみたいだし・・・親戚、とか?
いやいや、何情けをかけているんだ、俺は。さっさとこの子の記憶を・・・


「うわぁぁあんっ!」
「・・・・・・・」
「わぁあぁっん!」
「そ、そんなに泣いたって・・・」
「っわあぁぁあぁん!」
「〜っあーもう!」


俺は、その女の子を抱き上げると開いた窓から飛び出した。





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