「駄目だなー。ちゅーってやるのは、唇からやるんだよ」
「くちびる?」
暇だから散歩でも行こうか。そんな感情はが部屋へ入って来た時にすぐ掻き消された。掻き消された、と言うよりはが俺の部屋へ遊びに来てくれた嬉しさから忘れてしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
暗い顔をしたを思わず俺は抱きしめる。「何があったんだ?」と聞けばは今にも消え入りそうな声で「ちゅーって、できない・・・」と呟いたのである。・・・当たり前だ。は人間なのだから。もし仮に血を吸ったなんて事が起こったら大事件だ。跡部や手塚の眉間の皺が更に寄る事は間違いなしと言っても過言ではない。
しかしどうにかして元気付けたい!そんな思いを巡らせてしまった俺の言葉が、冒頭の台詞だ。


「そう。唇に自分の唇を重ねる事をキスって言うんだ」
キスすれば血を吸えるなんて専らの嘘である。いや、やろうと思えば出来るだろうけど。
キスの意味を教えても良いのだろうか・・・と一瞬戸惑ったものの、の天真爛漫な笑顔を見ると嘘が止められなくなってきた。もっとその顔を頭に焼き付けたい。そんな感情に駆られてしまう。
「きすすれば、ちゅーって出来るんだ!」
「そう!」
「おー!流石ブン太さん!」
「へへ、当たり前だろぃ」


の尊敬の眼差しが俺へと浴びせられる。は初めて聞く単語に興味を持ったのか「きす、きす」とその言葉を口の中で転がす。
その愛らしい行動に目を細めながら見守っていると、はぐっと拳を作って「きす、すればいちにんまえのきゅうけつき!」と口にした。
――って、え!キスするつもり!?やばい、それはやばい!
「あ、あのな!さっきの、実は嘘なんだ!」
「・・・うそ、なの・・・?」
「――ぅ。」


くしゃくしゃに顔を歪め今にも泣き出しそうな。途端に恐ろしく大きい罪悪感に駆られる。・・・やべぇ、が泣きそうだ。俺の、所為で。
「あ、ごめん、今のが嘘!だから、キスすればちゅーって出来るのはホント!」
・・・全く、何やっているんだか。
すると、たちまちに笑顔が戻っていく。これで安心、と一息付こうとすると、は俺の浴衣の裾をぎゅ、と掴みこれまた眩しい笑顔で爆弾発言をしてくださった。


「じゃあブン太さんにきすー!」
「――っ!?」
重ねられる唇は酷く柔らかく、数秒間後に離れたの顔はほんのりと朱に染まり歯を見せ付けて笑っていた。
一方、その笑顔とは対象に呆然とする俺。キス、してしまった・・・。やばい。これは本格的にやばい。俺がに木登りを教えただけでも千石は怒り絶頂だった。それなのに今回はルール破りのキス・・・。・・・い、今のはなかったことにしておこう!
心無しか心臓の音がやけに大きく響く。まさか。まさかのキスにどきどきしてしまった――なんて事はない・・・・・・な、ない!


しかしこの鼓動をどうやって静めようか。この耳の熱さはどうやって冷まそうか。そんな事を考えていると、の暗い声が再び。
「ぶんたさん、」
「あ、おう、なんだ!?」
「ちゅー・・・できなかったよ。ちのあじ、しなかった」
「しょ、しょうがねぇだろぃ!初めてなんだから!」
「ふぇ、・・・う、ぅ」
「あーあーあー。ほら、。泣かないのー」
視点を慌ててに戻し、ぽろぽろと流れる涙を着物で拭ってやる。彼女が此処に来てまだ6年の月日しか流れていないものの、俺ものあやし方が上手くなってきたと最近自分でも再確認した・・・・・・筈なのに。の泣き声は段々激しくなる一方だ。どんな言葉を投げかけてみてもよほど失敗した事が悲しかったのか泣き止む気配がない。


「うぅ、うえぇえぇん!」
「(お願いだから泣き止んでくれ!)よ、よしよし。ほら!抱っこしてやるから!」
「うぇえぇぇん!」
抱き上げて彼女の頭を自分の肩に押し付ける。・・・が、泣き声は大きくなるばかり。やばい、これがラバーな千石に知れ渡ったら・・・ぼこぼこにされる事間違いなしだ!(あいつ、いつもヘラヘラしてるくせにの事となると真顔になるからすげー怖い。)


、な、泣き止め!ほら、よしよし!」
あー、どうしよう!を抱えたまま立ち往生していると、がちゃ!と勢いよく扉の開く音が。


!どうした!?」
おいでなさった。千石を先頭とした不二、幸村、佐伯、滝・・・親衛隊が・・・。よく見れば後ろの方に向日や忍足や仁王・・・ってこれ、全員集合じゃねぇか!


。なにがあったんだ?」
無言で千石は俺からを奪う。そしてをしっかりと抱きとめた後、俺をいつもの表情からは想像出来ないような恨みを持った目つきで睨んできた。吃驚して固まっていると嫌に妖しい笑顔をした大仏様4人が俺の目の前に腕を組んで立っていた。


「丸井。じっくり話でもしようか」
「そうだね。最近あまり話をしていなかったから・・・じっくりと、ね?」


・・・断固としてでもキスの秘密は守り通そう。そう心に決意した一瞬だった。




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