「このままだと俺たちはを殺せねぇ」
会議の途中、いきなりそう呟いた跡部の言葉に少なからず驚いた。それは俺だけではなく楽しそうに話していた丸井や切原も同じだった。


「えと…跡部君、どういう意味か説明してもらえるかな?」
不吉な予告が待っているかのような、この雰囲気。少なくとも今の状況からに対して有利な意見が出てくるとは思えなかった。
「俺たちはを可愛がり過ぎた。お前ら、このまま後10年アイツと一緒に居て…いきなり、殺せるのか?」
「それは……っ、」
「結果は目に見えてる。殺せる訳ねぇだろうが」
跡部の凛とした口調に静まり返る俺たち。最初の内は…良い血が育つとわくわくしていた。確かに跡部の言うとおりで、俺たちはを可愛がりすぎたのかもしれない。その証拠に、今此処にいる奴の顔は苦虫をつぶしたような顔になっていた。


そして次に跡部が発した言葉は、胸に重く重く突き刺さった。
「そこで、俺から提案する。――を、殺す時まで俺たちから遠ざけないか」
「ちょっとあとべ…待ってよ、遠ざけるって…」
「ああ。この屋敷から追い出す。達に預ければ良いだろう。そして10年後にまた引き取って、――殺す」
「跡部さん!大丈夫ですって、俺たち…殺せますって!」
「赤也…じゃあ、今殺してこいと言ったら殺せるかい?」
「〜っ!」
「吸血鬼が人間の子供を育てて――挙句の果てには殺せずにいる。そんな恥さらしな事、許される訳がない」
俺はが大好きだ。それは此処居るみんな同じな意見。…矛盾しているんだ。血は飲みたいけれどを殺せる訳がない。だけどみんなと一緒に居たい。そんなの、俺たちの我侭で吸血鬼の世界では許されることじゃない。


「俺は跡部の意見に賛成だ」
「僕も…かな」
「――…」
幸村と不二が同意の声をあげた。他の面子は反対をしたい様だったけど、俯いてそれぞれが何かを考えている様だった。勿論、それは俺だって例外じゃない。


「黙ってるお前ら、…辛いだろ。それが、を殺せない証拠だ」
その言葉の的確さに、ただただ唇を噛み締めるしかなかった。







* * *







「あ、清純さんだ!」
「…
きよすみさんだー!とはしゃぐに対して、上手く笑顔が作れなかった。昨日の会議でたちに預ける事が決定し、ならば急いだほうが良いだろうとを預けるのは今日になった。
と会えるのは今日が最後でその次は10年後だと言うのに、他の奴らはに会おうともしない。いつもは自分から進んで会いに行ってたあいつらが、だ。きっとみんな辛くなるので会いたくないのだろう。それは俺だって同じだ。でもと一番親しい関係にある為、俺がたちにを引き渡す役となってしまった。


「清純さん!今日クリスマスだよ!サンタクロースが来るよ!」
――よりによって、こんな日に。
と初めて過ごしたクリスマスは、俺たちにとってとても疲れた1日だったことを今でもしっかり覚えている。人間界から連れて来られたばっかりのが急に「きょうはくりすます!」とはしゃぎだし、みんなにプレゼントを求めるものだから俺たちは慌てて”クリスマス”について調べたんだった。


「あ、清純さん!あれ、だぁれ?」
「…、」
「やあ、千石」
振り返るとそこに立っていたのは黒を基調とした浴衣を羽織った女性、だった。


「ああ、この子がちゃんかい?」
「お姉さんは?」
「ふふ、だよ。よろしく、ちゃん」
「よろしくお願いします!」
にこにこと握手を求めるに、胸が締め付けられる。と握手を交わした後、俺へと視線を移し小声で話しかけてきた。


「お見送りはアンタだけかィ」
「ああ」
「他の奴らは意気消沈――ってとこかね。安心しな、今の状態のまま大切に育ててやるから。無駄な事は何も教えるな、って跡部から言われてるからね」
「ああ…頼んだ」
「任せときな。――ほら、最後に挨拶でもしたらどうだい?」
小首を傾げてこちらを見つめているに視線を落とし、の目線に合うよう地面に跪く。


。…今日は、――の所でパーティーをやるんだ。行きたい?」
「パーティー!?行きたい!」
「そう言うと思ったよー。俺たちも後で行くから、先にと行っててくれないかな?」
「…私、清純さんと一緒が良い……」
俯いて口を尖らせるを見て、また心が締め付けられた。パーティーなんて嘘っぱち。こうでも言わないと、はきっと不審に思うから。…ごめん、。行けるなら俺だって一緒に行きたい。


「――…後で…プレゼントも持ってからさ」
「ほんと?」
「俺がに嘘つく訳ないよ」
「約束だよ?」
「うん…」
機嫌を伺うように俺の顔を見上げ、にこりと笑う。思わずを抱きしめたくなった。此処で抱きしめたら、絶対俺…を行かせることが出来ない。


「さ、もう良いかい?あっちもちゃんが来るの楽しみに待ってるからね」
「あっち?」
「そう。こっちは男たちが住んでるだろ?あっちは私達女がたくさん住んでるんだよ」
さんみたいな綺麗な人が?」
「ふふ。嬉しいこと言ってくれるね。じゃあ、行くよ」
に手を伸ばした。はその手を掴み掛けたが、思いとどまったのかもう一度俺に近寄ってきた。


これで、最後。次に会うのは10年後。
「清純さん!」
…もしかしたら、10年後にさえ会えないのかもしれない。は俺たちに殺されるのだから。
「なーに?」
だから、出来る限りの優しい笑みで。の笑顔を染み付けて。
「行って来ます!」
「〜っ」
俺、駄目だ。本当、吸血鬼の恥さらし。早く行かせたいのに、行かせたくない。を殺すのに、今は何故か抱きしめてる。歯止めが利かないんだ。


「きよすみさん?」
…」
「なーに?」
「………ごめん、なんでもない」
「?」
それでもを行かせなくちゃ。そして、早く忘れて…といた7年間を出来るだけ早く忘れよう。7年間なんて俺が生きてきた時間に比べれば1秒にも過ぎないだろう?


「――いってらっしゃい」
そっと、の小さな手のひらにキスを落とした。






NEXT