戦うなんてとんでもない。もし彼等が2、3人なら私にも勝機があっただろう。だけど彼等は殺しのエキスパートだ。そんな彼等が何人も束になって襲いかかってきたら逃げる事で精一杯だ。
フォートアタッカーの能力で常人からは考えられない速度で廊下を走りぬける。絶対追い付けやしないのに、真後ろで殺気を感じるのは何でだろう。


「っはぁ、はぁ、はぁ」


瞬きをすることさえ忘れて無我夢中で走る。流れ落ちる汗は走ってる所為で流れる汗なのか、それとも恐怖から出る冷や汗なのか見当もつかなかった。ただ、此処から逃れるため走り続ける。


「はっけーん」


すぐそこの曲がり角から現れる人影。嫌と言う程ニヤリと歯を見せ付けてナイフを両手に持っていた。1人、なら...!少しの隙で良い。道を曲がる隙があれば!


「何?王子とやるつもり?」
「…、」


まぁ手加減なんてしないけど。
そんな彼の呟きを聞き流しながらも、腰からナイフを取り出す。彼は私の武器を見るなり、笑みを益々深めた。
1本、彼に向かって投げつける。案の定軽くかわされたが、その体制を持ち直す瞬間に彼の首筋を目掛けてナイフを突き立てる。


「シシシ、強いね」
「っ、…、」


どさり、と鈍い音を立てて彼の上に馬乗りになりナイフを首筋に触れさせる。そしてお腹に一発加えようとした瞬間――逆に私のお腹に鈍い痛みが走った。け、蹴りあげられた..っ不覚、だ!
フォードアタッカー――今の私は、防御力が0と言って良い程少ない。普通の何倍もの痛みを感じ、耐え切れず近くの壁まで吹っ飛ばされてしまった。急いで体制を整えようとした瞬間今度は形勢逆転、彼が私の上に馬乗りになった。


「ユダだろ?」
「―…」


言うもんか。何一つ言うものか。もし此処で私が殺されそうになったって、レグランデの秘密は守り通してやる。


「へー。綺麗な顔してるんだ」
「…」
「お前の組織の情報、教えろよ」


それでもダンマリを続けていると、更にキツく腕を抑えつけられる。彼の顔から目を離さず睨みつけ、隙を伺う。


「王子を無視?もういいや、死ね」


キラッと光るナイフが上へ振り上げられる。隙が、出来た!私は空いた右手で振り上げられた彼の左手をきつく掴み返し、両足で思いきり腹部を蹴りあげた。これで解放される筈なのに、宙に舞う彼の体――右手は私の腕を握りしめたまま。そしてにや、と笑うとナイフを持った左手が私の顔を狙っていた。


「っ」


突き刺さる瞬間私の右手が彼を殴り、ナイフは私の頬を掠っただけだった。
逃げるのは、今しかない。吹き飛んだ彼を振り向きもせず走り出した――筈なのに。私の体は前へ倒れこんだ。


「っは、ぁ…っ、く…っ!」


頭の中はくらくら。息が出来ない位の吐き気が急にこみ上げてくる。立ち上がろうと必死にもがこうとするものの、一向に体は動く気配がない。


「さっき…っお前を掠ったナイフ、――っはぁっ、…猛毒たっぷり塗ったんだよ」
「ぅ…っは、…はぁ、」
「お前、馬鹿だよな…〜っは、……ししし、普通扉が開きっ放しって事、怪しく思うだろ…俺たちは元からお前が来る事知ってたんだよ…っはぁ、」
「っはぁ……〜っ!」


段々狭まる視界。ごめんなさい、ごめんなさい。自分が殺されるかもしれないのに、頭の中にはヒキさん達への謝罪の思いしかなかった。失敗した。任務を...こなせなかった。ごめんなさい、カイくん。ごめんなさい、ハルさん。ごめんなさい、ヒキさん。


「ばーか」