昔、この国はとても平和な、争いごとなんて一切ないような、そんな国だった。 しかし、些細なキッカケから1つの国の中でいくつもの派等に分かれてしまった。 それは、本当に些細なことだったのだ。 ちょっとした価値観の違いや、意見の食い違い。個人間の争いだったものがどんどん大きなものとなっていき、今や1つの国なのにお互い”国境”を持って冷戦状態に陥っている。 初めはいくつもの”境目”があったのだが、今は大きく分けて2つの境目がある。 それが、今私のいる『立海』と、ご主人さまたちの『氷帝』だ。 この2つの巨大な勢力に小さな勢力はどんどん飲み込まれていき、実質上この2つの派等の争いとなっているのが今の現状だ。 とは言っても、1つの国が2つに分かれてしまったのは私の生まれる何百年も前のことで、最早手の打ち様はないのだが。 そう、だから私はなんとしてでもこの立海城から逃げ出さなければならないのだ。敵国(といっても間違いではないだろう)の捕虜なんて、とんでもない。これは本当に、死んだ方がマシな位の事実なのだ。 「(どうせ死ぬなら、『氷帝』のシーフとして死にたい!ちゃんと受けるべき罰を受けて死にたい!そうしないと、これは””の名に申し訳ない!)」 ぐっ、と拳を固めて、それと一緒に決意も固める。 だから、ここでの城の奴等なんかとの馴れ合いなどは、無用なのだ。 無用、なのに。 「よっ!」 なんだ、この男は。 いきなり扉が開き、てっきり食事かなにかが運ばれてきたのかと思いきや入ってきたのは赤い髪をした若い男。大体年齢は幸村精市と同じ位だろうか。それとも下か。 男は頭の後ろで腕を組み、にっと笑いながらこちらへ近づいてくる。何されるか分かったもんじゃない!と私は戦闘態勢を取る。体術は得意な方ではないが、なにも抵抗しないよりはマシだろう! 「んだよ、そんな警戒すんなよ」 「・・」 「幸村が面白いつったから見に来てやったのに。つれねー」 幸村精市いいい!! またお前か!くっそー、面白いってなんだこのやろうはげ!わざわざこの男に言ったのか!ばか、あほ、どじ!すっごい馬鹿にされてるみたいで、むかつく!腹立たしい! 「そんな怒んなよ」 そう言って男は、どこから取り出したのかガムを口の中に放り投げる。 ・・。 別に。 別に欲しいとかそういう訳では決してないが。 私はお菓子が、だいすき、だ。 「・・?なんだよ」 「っ、」 「・・もしかして、欲しいのか?」 「!」 「(・・なんだこいつ、分かりやすすぎだろぃ!)」 勘違いするな、ガム男!と私は思いっきりそっぽを向く。別に欲しくなんてない。・・いや、ちょっと嘘だけど。それでも幸村精市の手先なんかにお菓子なんかもらったってこれっぽっちも嬉しくないね。本当に。 ころん。 思わず、音の鳴る方を振り向いてしまう。 そこには、「どうぞ私を食べてください!」と言わんばかりに飴が転がっていた。 「・・・」 「・・・」 「・・・」 ごくり。 あのね、違うんだ。 私は長太郎さまによく言われてただけなんだ。「食べ物を粗末にしちゃいけないよ」って。だから私は食べ物を粗末にしないだけだ! そっと静かに近づき、飴を拾い上げる。 すると、手前の方でさらに飴の転がる音が聞こえた。 私はその飴に近づき、また拾い上げる。するとまた飴が転がる。私はまた拾い上げる。 その行為を繰り返していると、いつのまにかガム男の目の前に来てしまった。 「・・・」 「・・・」 「・・・」 ガム男がしゃがみ、そっと自分の手の平に飴を載せて私に差し出す。ちらりとガム男の表情を見ると、男の顔は無表情で何を考えているのか分からなかった。 私は、その飴にゆっくり手を伸ばす。そして男の手に触れる前に素早くその飴を奪い取った。 「(・・っ!!こいつ、面白ぇ!!)」 ガム男が口元を抑えうずくまる。その肩は小刻みに震えていて、私は思わず後ずさりをする。この男、ついに壊れてしまったみたいだ。 「っく・・・腹いてー・・!ははっ」 なんだこの男。幸村精市とは違った意味の怖さを持っているな!氷帝城のお抱えのドクターを紹介してあげたくなるようなそんな怖さだ。いやもちろんそんなことはしないけど。 「俺、丸井ブン太。また来てやるから楽しみにしてろぃ」 ・・ご主人さま。 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、この丸井ブン太が次に来る日が楽しみになったなんて、そう言ったら、怒るでしょうか。 BACK ↑ NEXT |