くそう、思い出すとむかむかしてきた。
まあそんなこんなで、今の私は(不服ながら)なんとか一命をとりとめ、別の監獄に放り込まれている。・・監獄、という表現があっているかはよく分からない。『捕虜』という立場から考えれば『監獄』であってるとは思うが、この部屋の状態を見ると・・とても『監獄』とは言えない。『監獄』にしては綺麗だし、整いすぎているのだ。

この状況をどう打開するかうんうん唸っていると、不意に扉が開き幸村精市がにこにこしながら入ってきた。くそ。私が開けようとしてもびくともしなくせに、こんな時だけするりと開きやがって。ドアめ、覚えていろよ!


「イコ、この部屋は気に入ったかい?」
「・・」
「元々空き部屋だったんだ。君のためにわざわざ用意させたんだけど」


窓から入ってきた風に白のドレスがふわりと揺れる。今私が着ているドレスは、白を基調とした――ていうか、本当に白しかないんだけど。ほんっとーにシンプルな白のドレス。レースだとかそんな余計なものは一切ついていないような、膝上丈のドレスだ。ここまでシンプルだと武器とか絶対に隠し持てない。うーん、っていうか、きっと持たせないように作られてるのかな。このドレス。


「窓はあるけれど、地上までは数十メートルあるからね。飛び降りようとしたら死んじゃうから気をつけてね、イコ」
「・・」
「まあそこまで君もやんちゃじゃないか」


まるで、囚われたお姫様のような部屋。それが今私のいる、この部屋にぴったりな言葉だ。
うーんと、天幕つきのベット。やたら大きいクローゼット。見晴らしが良すぎて憎たらしい広々とした窓。肌ざわりの良いカーペット。・・ここまで表現すれば、大体どんな部屋か伝わるかな。とにかくいつも屋根裏にいるような私にはむず痒いような、そんな部屋だ。実におちつかない。実につまらない。


「ねえ、イコ。」
「・・」
「イコってば」
「・・」
「・・俺の言葉を無視するつもりかい?」


背中に寒気を感じ、振り返ってみれば腰に片手をあて、黒い瞳をすっと細める幸村精市がいた。やばい、こいつ、本当にキレかけない!なんなんだ、無視されただけでマジギレなんて!カルシウムとった方がいいぞ!


「だ、だって、私の名前、『イコ』じゃないもん」
「だからと言って名前を尋ねても、君は答える気ないだろ?答えたとしても100パーセント偽名だ」
「うっ」
「そんなまどろっこしい真似したくないんだよ。だからこちらで勝手に、君の呼び名を決めさせてもらった」


そして幸村精市は私を指差し、「イコ。」と口を動かした。私も思わず声に出してしまう。「いこ」

なんなんだ、一体なんなんだ。その由来はどこから来ているんだ。私には「」という立派な名前があるのに。確かに幸村精市に名前を聞かれても名乗る気はさらさらないが、勝手に呼び名を決められてしまうというのもなんだか悲しい。


「イコ=スーという魔女を知っているか」


知るわけないだろう、ぼけ。


「イコ=スーは過去と未来を見渡すことができる魔女だ。魔界から人間界を監視し、とある1人の王の世界侵略を助けている」


どうやら幸村精市は一応「イコ」という名前の由来を説明してくれるらしい。短い間だろうが、これから自分の呼び名となるものの由来を聞いておくことに越したことはない。話し手が幸村精市、ということが気に食わないが、その話にそっと耳を傾ける。


「イコ=スーは滅多なことでは人間界に現れない。現れたとしても――・・」


幸村精市が急に深刻そうな顔になり、私を見つめる。
なにか、恐ろしいことでも言うような。そんな、顔つきだった。


「ウサ耳をつけたメイド服の少女として、現れるんだ」


がったん!

体育座りで座っていた椅子から、思わず転げ落ちる。我ながら芸者のような真似をしてしまったとは思ったが、それよりも幸村精市の言葉があまりにも印象的すぎた。
床にしりもちをつく私を見て、幸村精市は指をさしながら大爆笑している。


「幸村せいいちっ!私を侮辱するのもいい加減にしろー!一体どういう意味なんだ!私の呼び名はそんなふざけたことをする魔女の名前なのか!どこをどうしたら私と結びつくんだー!!」
「いやいや、アホっぽいところが、そっくりかな、と」
「このやろー!」


幸村精市は息が整わないらしく、ひーひーいいながらお腹を押さえている。そんなに面白いか、私は不愉快だ!
ベットにダッシュしてたくさん置いてあったクッションや枕を手に取る。そしてそれを思い切り幸村精市に投げつける。本当は殴りたかったがそんな自殺行為をするほど私はバカじゃない。我ながら冷静な判断だ!と自分を褒め称えつつも幸村精市にクッションを投げつける手を必死に動かした。ちくしょー!くやしい!


「あっはっは、これからもよろしくね、イコ!」
「ふざけるなー!」


片手で飛んでくるクッションをガードし、片手でお腹を抱え(むかつく!)、時折目尻を指で拭いながら幸村精市は私の部屋の扉に手をかけ、笑いながら出て行った。くっそー!どこまでバカにすれば気がすむんだー!ゆきむらせいいちのはげ!やさおとこ!きちく!

やり場のない怒りに手をきつく握り締めながら、私は決心する。
絶対、この立海城から脱出してみせる!!






(本当の由来はさ、別のところにあるんだ。イコ=スーはその予言能力で人間に勇気と機転を与える。だけど、それがイコ=スーの罠なんだ。予言を言う自分に依存させて、本来の判断力を失わせる。君は間違いなく、氷帝城のイコ=スーだ。イコ、悪いけれど君をありがたく利用させてもらうよ)


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