千鳥

モドル | ススム | モクジ

  01  

To see a world in a grain of sand and a heaven in a wild flower.





その世界には果てしなく白が広がっていた。上下、左右を見渡してもずっと同じ空間が続くだけ。ああ、これは、夢なのだと、頭の中でぼんやり感じた。
そっと、指先を喉元に置く。ひんやりとした感覚が肌の上から伝わってくる。唇を薄く開き、息を小さく吸い込む。


「あ。・・!」


微かに喉が震えた。それと共に響き渡る自分の声。感じたことのない、この感覚。夢の中だと言うのに、分かっているのに、心の奥から熱い何かが湧き上がる。


「あ!」


今度は大きく息を吸い込む。先程よりも強く響き渡るのは・・私の、声?その事実に胸を震わせながらもふと思いつく。もしかして、歌えたりもするのだろうか。常に頭の中を流れていたあの曲を再度確認しながら、慎重に口ずさむ。


「・・、It was not」


白い空間に解けて行く自分の声は酷く震えていたと思う。それがどんな声色をしているかだとか、高いのかとか低いのかとか体感する余裕なんてなかった。ただ、声が出るという事に私は狂喜していたのだ。


「It was not the end in the world which I desired. 」


楽しい。続きを、もっと歌いたい。


「Say that I am here. With that alone.」


一通りのメロディーを歌い終わった所で、更に何とも言えない喜びが込み上げて来る。ああ、なんて楽しいのだろう。


「そこの、あなた」


その時の私はあまりにも悦楽に浸っていたから、気づかなかったのかもしれない。私の後ろには、少し離れた所に男の人が立っていた。――いや、その人は中性的な美人で華奢な人だったので女性に見えなくもないのだが、声は低く擦れていたから私は勝手に男性だと認識したのだろう。どちらにしろ、深い疑問は持たなかった。何故ならこれは夢なのだ。彼もまた、私の夢の中の人物なのだから。
彼の肌は透き通った様に白く、まるで死人の様で。目元と鼻には赤いメイクが施されていた。浅葱色の着物を身に纏った体は誇らしげに背筋を張っていたが、息だけは若干乱れていた。


「・・何か」


自分の喉が言葉をすらすらと発している事についても、既に疑問は持たなかった。当たり前の事なのだ。私はもう、声帯を失った哀れな少女ではないのだから。
彼は下駄を鳴らしながらもゆっくり私との距離を縮める。近くで見てみると、やっぱり”かっこいい”よりは”美人”が似合う様な顔立ちをした彼は、儚げに眉をきゅ、と寄せた。


「此処に、居た」


柔らかな唇から零れ落ちる言葉と共に、甘い笑みが広まる。安心した様な、愛しいものを見る様な、そんな柔らかい笑み。その笑顔に連れられて私も微笑むと、彼は私の頬をそっと撫でる。


「私は、あなたが居ないと、歌えない」


自分が何故そんな事を言ったのかは分からなかった。でも、私は確かな確信を持っていた。


「私には、あなたが必要です」


彼の細い指が私の頬を滑り、首へと、肩へと移動して行く。そして彼は再び擦れた声でゆっくりと、言葉を紡いだ。


「ありがとう・・」






一粒の砂の中に世界を見、一本の野生の花の中に天国を見る。
モドル | ススム | モクジ