千鳥

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  02  


私がこの世に誕生して数日後、喉に悪性の腫瘍が発見された。それは声帯ごと取ってしまわないと命に関わるもので、両親は泣きながら私の手術を見守っただとか。
声が出ないのは私にとっては当たり前の事であったし、両親も一緒に手話を覚えてくれたり最善の処置をとってくれた。学校だって普通の私立学校に行かせてもらえた。合唱祭なんかでは伴奏者として出ることで問題はなくなったし、両親を恨んでなんかいない。

だけど、やっぱりコンプレックスというか、そういうのはある訳で。友人達も何処か私と壁を作ってる気がして。そりゃあそうだ、コミュニケーションが取りづらいんだもの。何とか自分を納得させるものの、いつも感じるのは劣等感。周りの大人はいつでも私のことを考えてきてくれた。でもやっぱり、不満が溜まっていつしかそれは強い願望になった。

声を出して、みんなみたいに思いきり歌いたい。思いきり笑って思いきり泣きたい。

そんな思いから作り出されたのは数々の曲たち。一生歌われることのない、私の全てを綴った歌。


「(・・すごかった)」


目を覚ましていつもの部屋を見渡す。夢の続きかの様に未だに高鳴る心臓を落ち着かせ、一息つく。


「(でも、やっぱり夢なんだから。落ち着け、落ち着け)」


皮肉なことに夢の中でも声が出た例は一度もなかった。その理由は大体予想がつくのでいつもは全く気にしない。なのに、今日の夢は声が出て――歌を、歌えたのだ。
頭の中ではこれが幻だと分かっていても、楽しさが膨れ上がって止まらなかった。ああ、思い出すだけで頬が緩んでしまう。


「(あの人は、誰なんだろう)」


何処か、儚げを覚えさせる男の人。確かにそこに居る筈なのに、振り向けば見えなくなってしまう様な人。夢なのに、しっかり覚えている。


「(――、あの人に会えたら、また歌えるのかな)」


夢の中の私は間違いなく”あなたが居ないと、歌えない”と言っていた。そして彼は”ありがとう”と答えて――そこで夢が途切れた。何だかわくわくする。こんなの、初めてだ。
ベットから起き上がり、そっと喉元に指を触れる。


「(また、会いたい)」


それは恋と酷似している様な、苦々しい味だった。







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