血液型で性格を判断するのは、嫌いだ。

A型は几帳面、B型はマイペース、O型は社交的、AB型は変人。
世界には何億という数の人が存在するのに、それをたったの4つに分けられる訳がない。
大体、血液型なんかで占いをするのは日本人だけだという。

私はこの血液型占いが嫌いだ。どうにもこうにも、気に食わないのである。
血液型で性格を決められてしまっている様な気がしてならない。その性格以外は認めないとでも言われているみたいだ。

これを兄に言ってみたところ、「お前、尾崎豊みたいだぞ」と言われたのを今でも覚えている。
そうか、尾崎豊か。詳しくは知らないのだが、アレだ。盗んだバイクで走り出すなんてこと私はしないぞ。そんな度胸はこれっぽっちも持ち合わせていない。

しかしそんな、勇気や度胸という言葉が似合わない私でも意を決して勇気を振り絞ることはある。例えば自分の友人が涙を流していたら。それはもう、流石の私でもやることはやるのだ。


「うえっ・・ひっく・・おねえちゃあん・・」
「さんごちゃん!?ど、どうしたの!」


それは麗らかな日曜日の午後。
お客さんが来たと思いきや、入ってきたのはぽろぽろと涙を流す珊瑚ちゃん。
慌てて駆け寄ってエプロンで涙をふき取るけれど、涙は止まることを知らないようだ。


「うー・・っ、ひぅ」
「さんごちゃん、どうしたの?転んだの?どこか痛いの?」


涙を流しながらも三瑚ちゃんは横に首を振る。


「はるくんが、・・さ、んごの、おにんぎょう、とったあ」
「は、はるくん?」
「あらあら三瑚、どうしたのー」


三瑚ちゃんの泣き声を聞きつけた優子さんが、作業場の奥からやってくる。
状況を理解できていない優子さんに「はるくんにお人形を取られちゃったみたいです」と説明すると、優子さんは「またはるくんね」と苦笑した。


「ほら珊瑚、泣かないの」
「うー」


優子さんが珊瑚ちゃんを抱き上げて頭を撫でると、珊瑚ちゃんの涙は少しずつ収まっていった。さすが優子さんだ。


「まま、いっしょにはるくんのとこ、きて!」
「んー・・ちょっと今はお仕事があるからねえ」
「あ、私店番してますよ」
「ううん、4時までにやらなきゃいけないことがあってね・・あ!そうだ!ちゃん、休憩がてらに三瑚についていってくれる?」
「おねえちゃん、きて!」
「わ、私がですか!」
「駄目かしら」
「いえ、全然良いですよ!」


そんなこんなで、珊瑚ちゃんと共に”はるくん”の元へ行くことになってしまった訳だけれど。はるくんって誰だ。幼稚園のお友達か何かだろうか。
優子さんにはるくんの説明を聞こうとしたところ、地面に降りた三瑚ちゃんに手を引っ張られてしまった。

仕方なく「行ってきます」と優子さんに頭を下げ、三瑚ちゃんの後を着いていく。
三瑚ちゃんは一刻も早くその人形を取り返したいのか、歩く速度を速める一方だ。


「三瑚ちゃん、どこ行くの?」
「ぞうさんのこうえんだよ。さんごね、そこでひつじさんとあそんでたの」
「えと・・その羊さんを、はるくんに取られたの?」
「うん!さんごいやだよ、っていったのに!」


なるほど、状況が理解できてきたぞ。
公園で人形と遊んでいた三瑚ちゃんの元へはるくんとやらがやってきた。すると嫌だと言う珊瑚ちゃんをお構いなしにはるくんは三瑚ちゃんの人形を奪ってしまったと。

大体、こういうことで合っているだろう。

ううん。よくある小さい子の喧嘩というか、なんだか聞いていて微笑ましいぞ、三瑚ちゃん。
私もよくじゅんたくんに泣かされていた気がする。ちなみにじゅんたくんは、私の隣の家に住んでいた背の高い男の子だ。小学生ながらかっこよくてモテモテだったのを今でも覚えている。


「あ!さんご!」


近場の公園につくなり、聞こえてきたのはまだあどけない男の子の声。
この声の持ち主がはるくんだろう。さんごちゃんの私の手を握る力が強くなった。
走ってやってきたはるくんの右手には羊のぬいぐるみが握られている。三瑚ちゃんお気に入りのぬいぐるみだ。確か慈朗くんから貰ったとか言っていたっけ。


「はるくん、さんごのおにんぎょうかえして!」
「やだ!」


ぐい、と口を一文字にし、はるくんは三瑚ちゃんのぬいぐるみを背中へと隠していしまう。

よし、ここは私の出番だろう!

腰を落とし、はるくんと目線を合わせる。はるくんは私の顔を見ようとしない。そっぽを向いてしまっているのだ。


「はるくん、どうして三瑚ちゃんのお人形取っちゃったの?」
「・・」
「お人形がほしかった?」
「・・」
「三瑚ちゃんが何かしたの?」
「・・」
「三瑚ちゃんと一緒に遊びたかったの?」
「っちがうもん!」


・・三瑚ちゃんと一緒に遊びたかったんだね、はるくん。
よしよし、とはるくんの頭を撫でると、はるくんはびくりと肩を震わせた。


「はるくん。そのお人形は三瑚ちゃんの大切なものだから、」
「やだよ!」
「・・う〜っ・・っく・・ひっ」


再び涙を零し始める三瑚ちゃんの手をぎゅっと握る。
困った。小さい子の扱いは三瑚ちゃんで少し慣れたと思ったのだが、そうでもないらしい。一体どうしたら良いのだろうか。


「陽人!」


小さい子2人を前に右往左往していると、少し高めの男の子の声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、綺麗な赤色の髪をした男の子が片手を腰にあてこちらを見ていた。

赤色だなんて似合う人を選ぶ髪の色だろうに、何故かその男の子には違和感がない。
空に映える赤色が、彼にはよく似合っていた。


「陽人!」


男の子がもう一度名前を呼ぶ。はると、とははるくんのことだろう。きっと本名は陽人くんと言うのだ。
はるくんはげっと顔を歪め、2・3歩後ろへ下がった。


「お前、また三瑚困らせて」


じゃり、と音が鳴り、男の子踏み寄って来てはるくんの腕を掴んだ。
はるくんが「がくと、やめろ!」と声を上げるが男の子はそのままはるくんが持っていたぬいぐるみを奪いあげた。

よく見れば、2人の顔は少し似ている。くりっとした大きい瞳なんかそっくりだ。もしかして、兄弟だったりするんだろうか。


「すみません。陽人がまた困らせたみたいで」
「い、いえいえ!」
「お前も、三瑚と一緒に遊びたいなら素直に言え」
「はるくん・・さんごとあそびたいの?」


男の子からぬいぐるみを返してもらった三瑚ちゃんが、はるくんに問いかける。
はるくんは何かを言い返そうと口を開けたが、男の子が「陽人、」と牽制した。


「・・あそぶ」
「?」
「あそぶぞ、さんご」
「うん!いいよ!」


少し強引にはるくんは三瑚ちゃんの腕を掴み、公園の奥へ2人で歩いて行った。
その様子に苦笑して立ち上がると、隣にいた男の子と目が合った。


「あー・・親から連れて帰って来いって言われたんだけど・・アレじゃあ・・」
「ちょっと可哀想ですね」


男の子ははあ、と溜息をつき、砂場で遊ぶ三瑚ちゃんとはるくん達を見た。


「・・俺、あいつの兄で・・って、・・お前・・」
「あ、私は珊瑚ちゃんのご両親のお店で働いてて、・・」


男の子の眉が不審そうに寄せられる。
やっぱり彼ははるくんのお兄ちゃんだったのだ。いいなあ、私もはるくん位の弟が欲しいぞ。ちょっと素直じゃないところが可愛いな。きっと珊瑚ちゃんのことが好きなんだろう。

苗字を名乗った瞬間、彼の口が中途半端に開かれる。そのまま、さらに眉を寄せ男の子は「まさか・・」と呟いた。

『まさか・・』? 一体なんだ?

彼の口がゆっくりと動く。その瞬間、時間が止まった様な感覚に陥った。雲の流れも、走り回る子供達も、全て止まってしまったかのように。





時間が動き出す。雲が流れ出して、子供達が走り出した。

一気に体が熱くなる。今の私、帽子も眼鏡もつけていない!

彼が次に言葉を発する前に、私は勢いよく走り出す。心臓がうるさい位どくんどくんと波打っている。

なんと言ったら良いのか分からない。ただただ必死に足を動かし、積もってくる思考を振り払う。


「お帰りなさ・・って、ちゃん!どうしたの!?」


後からやってきたのは恐怖と恥ずかしさが混じった様な、なんとも言えない気持ちだった。


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