・・眠れない。

元居た世界でもこういう事が何回かあった。早く寝なきゃ、早く寝なきゃと思えば思う程目は覚めていってしまうのだ。これは困ったもので目を瞑っているしか対処法はないのだが。


「(みず・・水飲みに行こう)」


のそりとベットから起き上がり、静かに扉を開ける。

そういえば今は寝ている忍足さんも、ようやく夏休みにに入ったらしい。だが毎日テニスに勤しんでいるようだ。どれだけハードなんだ、テニス部。朝9時から夕方まで、と聞いたのだが・・それじゃあ疲れて家に帰っても宿題が出来ないんじゃないだろうか。大丈夫なのか、忍足さん。

キッチンだけ明かりをつけて、コップに水を汲む。
冷たい水が喉を通り、喉の渇きが潤った。うーん、寝れるかなあ。


「――ん??」
「あ、忍足さん」


声のする方を振り向けば、階段をゆっくり降りてきた忍足さんが居た。ちょっとビックリしたぞ。霊的な何かかと思った。


「どうしたん?眠れない?」
「ちょっと目が覚めちゃって・・あ、起こしちゃいました?」
「いや、俺も目が覚めてもうて・・ちょっと話さん?」
「はい」


ふわっと忍足さんは笑みを浮かべて、私の近くへ歩み寄る。
「座っててええよ。ホットミルクでええ?」と言葉を紡ぐ忍足さん・・なんだかお母さんみたいだ。お言葉に甘えていつもの席に座っていると、しばらくして忍足さんが2人分のマグカップを持ってやってきた。


「ん」
「ありがとうございます」


両手でマグカップを受け取る。そしてホットミルクを一口飲みこんだ。安心する暖かさと、程よい甘みが口の中に広がった。


「おいしい・・」
「寝れない夜はホットミルクやな」


マグカップを片手で飲みながら、忍足さんはにっこり笑う。


「こういう時って、早く寝なきゃ!って思うと寝れないんですよね」
「せやなあ。なんか別の話してたら眠くなるやろ」
「あ、私忍足さんのお友達の話聞きいてみたいです」
「んー?俺の友達?」


今までちらりとしかお話を聞いたことがなかったのだが、あの豪邸にすんでいる友人といい、パートナーの友人といい、なんだか忍足さんのお友達はみんな個性的な気がするのだ。


「忍足さんのお友達、みんな面白そうな方じゃないですか。すごく仲良いみたいだし」
「んー・・4年目の付き合いになるからな。そら嫌でも仲ようなるわ」
「最初こいつは仲良くなれないな!って思った人とかいるんですか?」
「いたいた。跡部とかそやな。こいつ絶対無理やわー・・って思うたわ」
「跡部さん・・ってあの豪邸の薔薇の人ですよね」
「そそ。なんかいかにも金持ちを鼻にかけてる感じがなー・・苦手やったわ」


そういえば忍足さんのお父さんの職業は大学院のお医者さんだとか。そう、今までさりげなーくスルーしていたけれど、忍足さんも実際かなりのお金持ちなのだ。多分。

跡部さん、イコール薔薇の人と私の頭の中ではインプットされている。あまりにも薔薇の衝撃が強かったのだ。忍足さん曰く、才色兼備の頭脳明晰、文武両道などの四文字熟語のオンパレードみたいな人だと言う。しかしその薔薇の人を忍足さんは苦手だったとか。一体どんな人だというんだ、薔薇の人。


「中1の時はな、めっちゃ性格悪かったで」
「そ、そうなんですか・・」
「よく上級生に喧嘩売ってたな。本人は無自覚やったけど」
「凄い人だ・・薔薇の人・・」
「今は・・まあ仲良うなったからかもしれんけど、普通に良い奴やけどな」


そう言って忍足さんは「はは」と静かに眉を寄せて笑った。きっと忍足さんは薔薇の人と幾度となく大喧嘩をしたのだろう。そうして今の関係があると。何だか羨ましいなあ。

その後も私は『薔薇の人』や『パートナーのがっくん』の話をしばらく忍足さんから聞いていた。やっぱり忍足さんの友人はみんな個性豊かな人ばっかだ。くっ・・私とは大違いである。だってみんな凄すぎるのだ。アクロバティックでテニスしたり、人の心を読んだり、確か他の学校には影分身する選手がいるとか!忍者か!祖先は忍者なのか!会ってみたい!

ところが私が「会ってみたいです」とぽつりと漏らした瞬間、忍足さんは眉をきゅっと寄せ黙り込んでしまった。体育祭を見に行きたいと言った時もこんな顔をしていた気がする。・・どうやら忍足さんは友人と私を会わせたくないらしい。私が『』とバレてしまうのが厄介だからだろうか。それとも単に会わせたくないだけなのだろうか。後者だとしたらショックすぎる。1週間位立ち直れそうにない。

慌てて「あ、やっぱりいいです」と私が言うと、忍足さんは「ごめんな」と困った様に笑った。その笑顔にはどんな意味があるのだろう。


「ふあ・・そろそろ眠くなってきた・・」
「ん、俺も」
「忍足さんのおかげだ。ありがとうございます」
「俺からしたらのおかげや。おおきにな」


そうして忍足さんは静かに笑みを浮かべ、2人分のマグカップを持ってそっと席を立った。


「ホットミルク、美味しかったです。ありがとうございました」
「ええよええよ、こんなもん。また2人して眠れなくなった時作ろうな」
「はは、そうですね。お願いします」
「じゃあ、良い夢見いや」
「はい。おやすみなさい」


部屋の前で忍足さんと別れ、自分のベットに潜り込む。暖かな安心感が私を包み込み、私の意識は徐々に薄れていった。





「(っっ・・!俺のばか!ばか!いや、に来てもらいたんは山々や!!テニス打ってるとこ見せたいし!!だけど!あいつ等に気に入られたらどうすんねん!!ただでさえ俺が連れて来たことで興味湧くやろうし・・あああに悲しそうな顔させてもうた!・・ぶっちゃけあれはあれで凄く可愛いかったけども・・って俺何考えてるんや!ばか!男の嫉妬は醜いで侑士!!)」



BACK  NEXT