『大雨警報が発令されました。東京23区と――』


最近めっきり寒くなってきたかと思えば、今度は大雨がやってきた。
テレビでは真剣な顔をしたアナウンサーが大雨に注意するように促している。

今朝はここまで降っていなかった。ぽつぽつぐらいだったのに、今は庭の手すりに雨が打ちつけられる音がする。
忍足さんは傘を持っていったが、大丈夫だろうか。そろそろ帰ってくる時間だけれど・・。

ソファーに体育座りをしながら忍足さんの帰りを待つ。今日の晩ご飯の当番は忍足さんだ。・・なんかよく分からないが、すごく寂しくなってきた。忍足さん、早く帰ってきてくれないかな。


「ただいまー!」
「!お帰りなさい」


タイミングよく帰ってきてくれた彼の存在に思わず頬が緩む。
駆け足で玄関まで忍足さんを迎えに行くと、そこにはびしょびしょに濡れた忍足さんが立っていた。


「あれ?忍足さん傘持って行きませんでした?」
「電車の中に忘れてきてもうた」
「災難でしたねー・・ちょっと待っててください!」


このままでは風邪を引いてしまう!
そう思った私は洗面所に引き返し、バスタオルを取り出すと忍足さんの下へ再び向かった。


「あ、おおき――」
「風邪引いたら元も子もないですもんね。先にお風呂入っちゃってください」


がしがしと忍足さんの頭を拭く。なんだか元の世界で飼っていたペットを思い出すなあ。
忍足さんは手を差し出した状態でしばらく固まっていた。一体どうしたんだろうか。


「(――っもう無理や!)・・」
「はい?」
「お、俺、自分で――」
「あ!!す、すみません!!」
「え、ええねん!全然ええねん!!」


ああ、またやってしまった!私の勝手なお節介!
忍足さんは私に触れられることをあまり好きではないらしい。
そりゃあそうか。赤の他人にそんなほいほい触られるの、誰だって好きじゃないよね。


「今ご飯作るから待っててな」
「あ、先にお風呂入ってきていいですよ」
「いや、そんなに濡れてへんし」
「でも・・」
「俺もお腹減ったしな」


そう言って忍足さんはにかっと笑う。
くそう、その笑顔を浮かべられてしまえば何も反論出来なくなるじゃないか!

じゃあ、お言葉に甘えます。
私がそう言葉を紡ぐと、忍足さんは笑顔で満足そうに頷いた。


*  *  *


「(・・まだ、起きてこない・・)」


翌日。
昨日の雨に引き続き今日も天気は大雨だ。非常によろしくない。忍足さんも部活どうするんだろう。

時刻は7時を回ろうとしている。いつもならもう忍足さんは起きている筈なのだが、何故か今日はその姿がない。そろそろ起きなければ部活に遅刻してしまうだろう。


「(起こしに行った方が良いよね)」


軽く意思を固め、忍足さんの部屋へと向かう。忍足さんの部屋は私の部屋の目の前、2階にある部屋だ。
あの日以来忍足さんの部屋に入るのは初めて――でもないかな。定期テストの度に忍足さんは夜遅くまで勉強するから、その度にコーヒーを持って行ったりはしたかな。

忍足さんの部屋の前に立ち、軽くドアをノックする。

・・が、返事は帰ってこない。

当たり前か、まだ寝ているのだから。
それにしても忍足さんが寝坊だなんて珍しいこともあるもんだ。
そうぼんやりと思いつつ私はドアノブに手をかけた。


「おしたりさーん・・朝、ですよー・・」


カーテンの隙間から朝日の光が差し込む。
何度か声をかけたのだが、忍足さんが起き上がる気配はない。
仕方なく忍足さんの近くまで行き、軽くその体を揺らした。


「忍足さん?」
「・・ん、・・?」
「おはようございます。7時、まわってますよ」
「ん・・ありがと・・」


ゆっくりとこっちに寝返りを打った忍足さんは、まだ眠たそうに目をつむっている。
これまで何度も思ってきたが、眼鏡を外している忍足さんはとても色っぽい、と思う。


「忍足さん・・?」


一体どうしたのだろうか。
嫌な予感がし、おそるおそる忍足さんの額へ手を伸ばす。

・・予感的中。忍足さんの額は熱を帯びて熱くなっていた。


「忍足さん、大丈夫ですか?今体温計持ってきます」
「ん・・ええよ、俺、今起き――」
「駄目ですよ・・悪化したらどうするんですか。今日は寝てましょう。ね?」
「・・わかった」


忍足さんの返事に安心し、1階へ体温計を取りに行く。
忍足さんが熱が出てしまったの・・間違いなく、私の所為だよね。
昨日びしょ濡れで帰ってきたのに、お風呂に入ることはなく私のためにご飯を作ってくれたから・・。
ああ、なんてバカなんだ、私!

体温計を持っていくついでにタオルを濡らし一緒に持っていく。薬とお水も忘れていない。
ああ、これでもし忍足さんの病状が悪化してしまったらどうしよう。


「忍足さん、体温計です」
「ほんま、迷惑かけてもうて・・ごめんな」
「元はといえば私の所為です・・」
の所為?・・それはちゃうやろ」
「・・」
「そんな泣きそうな顔せんでもええやろー」


忍足さんは苦笑いをし、私が持っていた体温計を受け取る。

体温を測っている間、ずっと忍足さんは「俺の自己責任やから、は気にすることないんやで」と言ってくれた。
だけど・・やっぱり、気にしてしまう。悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、とはきっとこのことを言うに違いない。


「・・37,8°や」
「これ、薬と水です・・飲めます?」
「ん、おおきにな」


薬を飲んだ忍足さんを確認し、額にタオルを載せて布団を掛けなおす。
きっとこういう時は寝ていた方がいいのだろう。
そう判断を下すと、私は忍足さんの部屋を後にした。


*  *  *


優子さんに電話をかけて事情を説明すると、優子さんは今日は休んでもいいよ言ってくれた。そしてなんと、熱の時に気をつけることなんかも教えてくれたのだ。優子さん・・良い人すぎる!

そろそろお昼だ。
優子さんから口頭で教わった作り方でお粥を作ってみたのだが・・うん、味は悪くない。きっと大丈夫だろう。

忍足さんの部屋をノックして静かにベットへ踏み寄る。
薬が効いているのか、忍足さんはぐっすりと眠っている。
その額に載っていたタオルを外し、そっと手を載せてみる。・・良かった、大分熱は下がったみたいだ。


「忍足さん」
「・・?」
「はい。お粥持って来ました。食べれますか?」
「・・ん」


忍足さんは体を起こそうと身を捩ったが、どうやら少し辛そうだ。
お粥を一緒に持ってきたスプーンに数量載せ、忍足さんの顔へと近づける。


「忍足さん、はい」
「・・!?」
「嫌ですよね、こういうの・・でも、辛そうでしたから」
「い、嫌なわけないやろ!」
「え、でも忍足さん、私が触ると嫌がりますよね?」
「え!そんな風に見えてたんか!?」
「ち、違うんですか?」
「違う!」


熱がある所為か、忍足さんの頬はほんのりと朱に染まっている。
忍足さんは俯き、小さく言葉を漏らした。


「全然、嫌やない・・むしろ、その逆や・・」


その言葉に思わず笑みが零れる。
もしかしたら私のために嘘をついてくれたのかもしれない。
けれど、嫌じゃないなら良かった。てっきり『女に触られるなんて嫌じゃーい!気持ち悪い!』と思われているのかと思っていたぞ!


「じゃあ、忍足さん。あーん」
「え!」
「えへへ。たまには良いじゃないですか」
「〜っ」
「あーん」
「(なんやこの羞恥プレイ!)あ、あーん」


あ、ちょっと楽しい。餌付けしてるみたいだ。(なんて言ったら失礼だが)

忍足さんはお粥を全部食べることが出来た。少し元気になったみたいで一安心だ。


「じゃあ、また寝てます?」
「なんか、(色々とやばくて)目ぇ覚めてもうたなあ」
「だめですよー病人は寝ていなきゃ」


ぽんぽんと忍足さんの頭を撫でると、忍足さんはびっくりしたようにこちらを見たあと、ふわりと目を細めて笑った。
くそう、弱ってる忍足さんちょっと可愛いぞ。
なんだかお母さん気分だ。母性本能をくすぐられる。


「今度はの話が聞きたい」
「えー、また熱あがっちゃいますよ」
「(『あーん』の時点であがってるっちゅーに・・)」
「うーん、ちょっとだけですよ」
「・・ん」


(『たまには風邪を引いてみるのも悪くない』なあ・・
 なるほど、なあ・・これなら毎日引いてたいわ)


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