どうやら私は本当に異世界トリップ、というものをしてしまったらしい。ここ数日の間にそれが判明した。最初の内は夢オチかなと考えていたのだが、寝ても寝ても元の世界に戻れる気配はしない。未だに信じられないこと(主に私がギャルゲーの主人公・・)もあるのだが、とにかく受け入れるしかない。ファイト、私。

ここで、忍足さんに教わったこと・話し合ったことを書きとめておこうと思う。

まず忍足さんについて。忍足さんは春から高校1年生で(私と同じだ)氷帝学園というところに通っているらしい。何かあったら来るように、と場所を教えてもらった。3個先の駅で降りて徒歩10分だとか。
そして私も本当なら高校に行かねばならない。でも生憎この世界に私の戸籍なんてものは存在しないし、金銭的な面でも学校に通うのは無理だ。忍足さんは好きなだけうちに住めば良い、と言ってくれたのだがそれはさすがに悪い。私は忍足さんが学校に行ってる間はどこかでバイトする、ということで落ち着いた。(忍足さんはとても不満そうだった)

勿論私の学力は中学生並、それでは少々困るので勉強もしなくてはならない。そこは夜忍足さんが習ってきた勉強を教えてくれることになった。うう、悪いなあ。

そういえば私が主人公のゲームは・・『アガインド!』というらしい。お願いしてそのゲームを見させてもらったのだが・・うん、私、である。まぎれもなく私だ・・。声もそこそこ似ていた。絵であることは変わりないんだけど、すごく似てる。ついでに言うと登場人物にもちゃんやクラスの男子が出ていた。これもまたそっくりである。ただストーリーは私自身、体験したことのない話もあった。逆に言えば私の体験したことは沢山書かれていた。・・胸のサイズも、体重も、コンプレックスも、全部書かれていた・・しばらく立ち直れそうにない。


「忍足さん、おはようございます」
「おはよう!今日も良い朝やな〜」


忍足さんと言えば、毎朝こんな調子である。彼いわく私と一緒に住んでいることがとても嬉しいらしい。・・て、照れるじゃないかこのやろう。

忍足さんは私ににこりと笑いかけたあと、伸びをしながら台所に入っていった。恥ずかしい話だが・・私は料理、が、作れない。料理を作ったのは家庭科の調理実習くらいだ!そう言うと忍足さんはハハハと軽く笑って「知っとる知っとる」と言ったのだ。・・とても複雑な気持ちになった。


「忍足さん、そろそろ私、バイト探しに行きたいんですけど」
「ん〜?ちょっと待ってー」


台所からはジュージューと音が聞こえる。
今私が着ている服、実は忍足さんが買って着てくれたものである。忍足さん、私の服のサイズも好みも全部知っていた・・ちょっと怖くなってしまった、というのはここだけの話である。
忍足さん、自分で言うのもなんだが相当私のマニアである。ちょっと怖い。でも忍足さんは私の前では「萌え〜!」だとか、そういうオタク的な要素は一切見せない。ただの爽やかなお兄さんなのである。この人がギャルゲーというものをやっているなんて・・うん、ある意味凄い。

しばらく椅子に座って忍足さんを待っていると、ベーコン入りの目玉焼きが乗った皿を両手に持った忍足さんがやって来た。出来たと言ってくれれば取りに行ったのに!


「ありがとうございます」
「ん。食べよ〜」
「いただきます」
「いただきます」


忍足さんの作るご飯は、美味しい。聞けば忍足さんは中1の頃から1人暮らしを続けて来たのだとか。凄いなあ。寂しくなかったかと問えば彼は目尻を下げて「ちょっとな」と笑った。そんなこんなで彼は一通りの家事をこなす事が出来る。料理も然りだ。


「美味しい」
「ただの目玉焼きやけどな。おおきに」


前にも言ったが、忍足さんは私の前ではオタク的要素は見せない。・・だけど・・。


「な、何かついてます?」
「ん!?ああ、なんも!なんもあらへん!」


こう、ことあるごとに視線を感じるのだ。

視線を気にしすぎるのは良くない。まるで自意識過剰だ。そう思いなおし再びご飯を口に運ぶ。流石に忍足さんの視線は感じなくなったが、何故だか忍足さんの頬はほんのり赤い。・・男心は分からない。


「あのですね、そろそろバイトを探したいんです」
「せやからバイトなんてせんでもええのに」
「いやいや、流石に悪いですから!」
「でもなあ」


忍足さんはどうしても納得がいかないようだ。忍足さんはしばらく食べるのをやめ、腕組をしてなにやら考え事をしていた。すると自分の掛けていた眼鏡を外し、私に突き出してきた。


「これ、掛けてみて。度入ってへんから」
「え?・・あ、はい」


意味が分からないが言われたとおり忍足さんの丸眼鏡をかけてみる。わわ、本当に度が入ってない。何で伊達眼鏡なんてつけているんだろうなあ、忍足さん。私つけてない方がかっこいいと思うのに。
軽く髪を整えて顔を上げる。どんな意図があるのだ、これ。


「どうですか?」
「ブフッ!!」
「忍足さん!?大丈夫ですか!?」


飲んでいた水を、変なところにつまらせてしまったらしい忍足さん。慌てて駆け寄って背中を軽く叩く。しばらくそうしていると落ち着いたらしく、「すまん、すまん」と手をヒラヒラさせた。


「う、ん・・だいぶ印象、変わるな」
「・・?あ、でも私眼鏡似合わないんですよ」
「!?そんなことあらへんよ!?」
「え、あ、・・ありがとう、ございます」
「ほんま、なんていうんやろ・・俺らにとっちゃ眼鏡は萌えアイ――ごほん、なんでもあらへん」


わざとらしく咳払いをし、「ともかく」と背を正す忍足さん。ねぇ、『萌え』って聞こえたんですけど気のせいですか?


「ともかく、その――は俺達にとって有名、やろ?」
「ああ・・そうなんでしょうか?」
「で、コアな奴等はにあらぬことを考えたりする訳で・・」
「う」
「そんな、にそっくりな女の子がおったら・・な?分かるやろ?」


変質者に狙われやすい・・ということだろうか。そういえば私、忍足さんの家の外から出たことがない。アルバイトをすることに頷かなかったのも、危険だということだからか。お、忍足さん優しいじゃないか!

そして忍足さんは続けた。ちびっ子でさえもの存在を知っとるんや。ほんま、にそっくり・・って言うたら変やけど。2次元から飛び出してきたみたいなもんや、まじで。みんな驚くで。そういう、混乱も避けなあかんやろ?せやから・・バイト、どうしてもするって言うんやったら変装か何かした方が安全やと思うねん。

そこで眼鏡、という訳だ。確かに忍足さんの言うことは一理ある。そうか、変装した方が良いのか。


「うーん、眼鏡かけて・・外歩く時は帽子被って・・変装言うたらそんなもんか?」
「カツラとか?」
「帽子被ったらズレてしまわん?」
「わわ、それは悲惨ですね。帽子だけ深く被ったら大丈夫ですよ」
「かなあ。あ〜〜心配や」


とりあえず、私と忍足さんの間で決まったことがもう1つ。外に出る時は帽子と眼鏡!(ちょっと有名人気分だ。・・って、有名人なのか。一応。)


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