どうしても着いていく!と断固譲らない忍足さんを何とか落ち着かせ、私は1人でバイト探しをしていた。 本当、忍足さんってば凄い心配してくれた。ほんまに危険やから、1人で歩いたら危険やから〜・・って。私どこの幼稚園児扱いだ。 とりあえず今の私は、眼鏡と帽子を着用している。ちょっと怪しくないか、私。 「(時給、900円は超えてると良いなあ)」 今までアルバイトというものをしたことがないので相場はよく分からないが、生活費を稼げる程度になると助かる。忍足さんはずっと居て良い、と言ってくれているけどやはり他人の家だ。いずれは1人暮らしが出来るように頑張ろう。うん。 町を歩きながら、アルバイト募集の張り紙を読んでいく。ファミレス、コンビニ――どれも『高校生 750円〜』と書いてある。ううん、そうだよなあ。普通そんなもんだよね。 「(あそこの交差点まで行ったら戻ろう)」 これでも随分歩いた気がする。まだ土地勘がないのであまり遠くに行かない方が良いだろう。 きょろきょろしながら歩を進めていると、本日何回目かのアルバイト募集の張り紙を見つけた。・・クリーニング屋さんだ。クリーニングのアルバイトなんてちょっと珍しいなあ。 「(えーと、時給・・1500円。――1500円!?)」 なんだこのお店!?あ、クリーニング屋と見せかけた怪しいお店じゃないよね!?よく見ればその張り紙には『高校生可』の文字――ええ、本当に!?もう一度張り紙を読み直す。『時給 1500円。高校生可』・・・とりあえずお店に入ってみよう。勿論、帽子は外して。 「いらっしゃいませー」 「えと・・あの、バイト募集の紙を見たんですけど」 「ああ!どうしようかしら。貴方、名前は?」 「あ、です」 「ちゃんねー。うん、うん・・」 このお店の店長さんだと思われる女の人が品定めするように私を見つめる。髪の毛が長くて、ふわふわしてて、綺麗な金髪で。お世辞にも若いですね、とはいえない年齢なのかもしれないけどなんていうか、すごく可愛いらしい人だ。ハーフかなにかかな?あまりにも綺麗な瞳に若干たじろぎそうになったが、ここで視線を逸らしたら負けな気がしたのでぐっと耐える。耐えて、耐えて、何秒(いや、何分かな)が経過しただろうか。女の人がいきなりにこりと笑った。 「ちゃん、合格ー!」 「え、ええ、え!?」 「明日からよろしくね」 「あ、よろしくお願いします・・?」 今ので合格!?バイトの面接って、こんなにシンプルなものだったっけ・・?私が思っていた面接とはかなりかけ離れてる。こう、履歴書とか書いて、動機とかを説明するものかと・・。 とりあえず簡単な自己紹介をする。女の人の名前は芥川優子さんと言ってお祖母ちゃんが外人、つまりクオーターらしい。ううむ、クオーターでもこんな綺麗な金髪になれるのか。羨ましい。 「今までは一弥っていう――今は24かしら。その子がお店を手伝ってくれたんだけど・・『夢を追いかけてみたいんだ』って言って家を出てちゃってねえ。あの子、ミュージシャン目指してるみたいなのよ」 「わわ、凄いですね!かっこいいです」 「まあ、ほとぼりが冷めたら戻ってくると思うんだけど・・一弥がいなくなってお店が大変でね。慈郎も高校生になって、部活が更に厳しくなるから手伝わすことは出来ないし・・三瑚はまだ小さいから論外でしょ?困ってたのよ〜」 じろうくんにさんごちゃん。どちらも優子さんのお子さんで、慈郎くんは私と同い年らしい。三瑚ちゃんは幼稚園児で2人とも仲がとても良いとか。 「じゃあ、軽くお仕事説明しちゃおっか――あ、いらっしゃいませー。ごめんね、ちゃん。お客さんが来ちゃったから母屋に行っててくれるかな。慈郎が寝てると思うから起こして」 「あ、はい!分かりました」 母屋への扉はお店出てすぐ横にあるから〜! 優子さんの言うとおりとりあえずお店を出てみると、すぐ隣には『芥川』と書かれた表札がついた”門”があった。・・扉じゃない。扉じゃないよ優子さん! 門を開けて進むと、広い庭に洗濯物や子供用の遊び道具が散らばっている。広い。半端なく、広い。草を踏みしめてようやく”扉”に手をかける。・・よく見れば、かなり大きなお家だ。失礼かもしれないのだが・・クリーニング屋って、こんなに儲かるものでしたか!? がちゃりと音を立てて扉が開く。鍵掛けてなくて良いのかな。無用心じゃないかな。ただでさえこんな大きなお家なのに! 「(ひ、広い・・!)」 廊下、が、広いって説明しにくいのだが・・広い!幅も、高さも広い・・!落ち着け、私。もうこの無駄に大きな家に吃驚するのは止めよう。とにかく、慈郎くんを探して、起こさなければ。 とりあえずリビングと思われる部屋の扉を開ける。ソファーから見える金色のふわふわ。・・人だよね? 「(わー、綺麗だなあ!)」 正面に周ってみると慈郎くんと思われる男の子がソファーに丸まって寝ていた。優子さん譲りのふわふわな髪。長い睫。・・これきっと、私より格段に可愛いに違いない。 「(えーと・・)慈郎、くん。起きてー」 膝立ちになって慈郎くんに呼びかけてみるが慈郎くんは起きそうにない。なんか、立場逆だ。お姫様を起こしに行く王子様。・・って待て待て!!王子様キスしなきゃ駄目じゃん!そんなことは考えてない!断じて考えてない、くそう、慈郎くん起きろー! 「慈郎くん、慈郎くん」 「ん〜・・あと少しぃ」 ソファーに置いてあった腕を慈郎くんにきゅっと掴まれる。くう。ここで諦めたら終わりだと言わんばかりに、私はあいている片方の手で慈郎くんの肩をそっと揺らしてみる。 「起きてー」 「・・」 「・・起きてー」 「んぅ・・」 肩に置いた手も慈郎くんに掴まれる。そして慈郎くんは私の両手を自分の胸元に持ってくる。慈郎くんの体温が手の平越しに伝わってくる。暖かいなあ。・・って、なんだこの図は! しょうがない、本気だすぞ!本気出して起こすぞ!と意を固めた瞬間、慈郎くんの腕が今度は私の腰元にまわってきた。・・えええええ!? 「っちょ、慈郎くん、慈郎くん!」 「・・」 そして慈郎くんは私の腹部に顔を埋めてすやすやと寝息を立てる。私、抱き枕じゃない!抱き枕じゃないよ! 「〜っ、起きて!」 慈郎くんの肩を、今度は強く揺らす。するとようやく慈郎くんがゆっくりと瞳を開けた。うう、やっと起きた!優子さん、私やりました! 「ん〜・・?・・君だぁれ?」 「です。えと、新しく入った、アルバイトの者です」 「あぁ、そうなんだぁー。よろしくねぇ」 やっと慈郎くんの腕から開放された。慈郎くんはにっこりと笑い、自分の名前を名乗る。・・なんていうか、マイペースな人なんだな、慈郎くん。 「へへ、なんかさ〜」 「?」 相変わらずソファーの上でごろごろする芥川くんが、嬉しそうに目を細める。 「王子様とお姫様みたいだC〜」 そして彼はにかりと笑った。 BACK ↑ NEXT |