「こちらがテニス部レギュラーの部室になります」


にこりと笑いながら、警備員さんがそう口にする。私もそれに答えて冷や汗をかきながらにっこり笑う。はんぱない、ピンチ。

部室だと連れて来られた小屋は、外見を見る限り部室にしてはかなり広い方だと思われる。小屋といっても外装は相変わらず高級ホテルを思わせるような作りだし、周りにちらほらと見えるテニスコートも素人の目からでも立派なものだと分かる。丁寧に整備されていて、大切に扱われていることが一目瞭然だ。

尋常じゃない緊張を感じながらも佇んでいると、警備員さんがゆっくりと部室の扉に手をかけ、3つノック音を響かせる。
やめてくれ!と叫んで今にも逃げ出したい。そんな気分だ。激しく帰りたい。


「失礼します。慈郎様にお客様が来ております」


ごくり。小さく息を飲み、開かれた扉の中へ1歩踏み出す。ええい!もうどうにでもなれ!!


「良かったな慈郎!これで30週走らなくて済むなー」
「馬鹿野郎。初めからちゃんと持ってこいつっただろうが」
「ごめんごめんー。いやー、それにしても助かっ・・」


へらへらと笑う慈郎くんが奥からひょっこり私の前に現れる。そして、私の顔を見た瞬間――固まった。
ちゃん!?そう名前を叫ぶような気がしたので慌てて彼の口を手で抑える。「むぐっ!」と慈郎くんの息がつまる声が聞こえたが、私は慌てて空いている方の手の人差し指を唇に添える。しー!そう慈郎くんにジェスチャーすれば、慈朗くんは困惑の色に瞳を揺らしながらもこくこく頷いた。そっと抑えていた手を離す。慈朗くんははぁっ、と息をついた。


「なんで、ここに」
「ごめんなさい、急いでいるんで後で説明します。これ、書類です」
「あ、ありがと」
「じゃあ、さようなら!」


ビシッと手をあげながらこの場を去ろうとすると。奥から「あ、ちょっと待ってください!」と通った声が聞こえる。私、だろうか。・・私しか、いないよね。お願いだから早く帰らせてくれ、と祈りながらもその身を固める。どこかで聞いたことのある声の様な気がするのだが・・気のせいであることを願おう!


「優子さんっすよね!この間はありがとうございま・・・あーー!!!」
「えっ!?」


おくから出て来た男の子は、いきなり私を見て指をさし、大きな声をあげる。なんだんなんだと彼の顔を見つめれば――


「あのっ!体育祭の時の!!俺、借り人競争であんたを!」
「あ・・ああ!!青年!」
「(青年!?)すっげー偶然っすね!!あの時はあざっした!」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです!!」


うわー!!
そうか、青年もテニス部だったのかー!!青年はにかにかしながら頭をさげる。こちらも慌てて頭をさげる。また会えるとは!!


「なになに!?宍戸知り合いだったの!?」
「知り合いっつーか、恩人っつーか・・」
「まじ意外だC〜!」
「わ、わたしもびっくりしましたっ!」


そんな、青年との感動の再開もつかの間。


「名前、なんて言うんすか?」
「あ、――」
「っ!」


独特のイントネーションに、うっとりするような低音ボイス。


「〜〜っ・・!!」


私の前に立っていた二人を押しのけて、ぐいっと私の前に進み出た、忍足さん。
焦った様な、怒っている様な、戸惑っているような、そんな複雑な顔で私を見つめると小さく「言い訳はあとで聞く」と耳元で呟き、私の頭をぐいっと押さえつける。その重みで被っていた帽子が深く沈んだ。


「え、忍足も知り合いなのかよ!?」
「・・知り合いもなにも、こいつは俺の妹や」
「(ちゃんが、忍足の妹・・?)」
「なになに!?侑士妹いんのかよ!見てえー!」


ぴょんぴょん飛び跳ねるようにして小さな男の子が走ってきて、俯いた私の顔を覗き込もうとしてくる。ちょっと待て、この赤毛の男の子は!!いつか公園で会った、あの時の赤髪の彼だ!ぎゃあ!忍足さん助けて!

願いが通じたのか、忍足さんは男の子に「人の妹をそんなジロジロ見るんやない」と一蹴した。ありがとう忍足さーん!!!


「え、でもこの子、慈郎の忘れ物届けに来たんじゃねーの?・・それなのに、忍足の妹?おかしくねえ?」
「・・なんもおかしくないよー。ちゃんは三瑚の友達だから、よく俺んちに遊びに来るんだ。今日も遊びに来てたんだろ?で、その時に母さんに俺に忘れ物届けるようお願いされただけだC〜。ね、ちゃん」
「(慈郎、くん・・!)はい!」


慈郎くんがにっこり笑いながら、私と忍足さんに話を合わせてくれている。・・さいあく、だ。帰ったら忍足さんと慈郎くんには全て話さなければならない。・・怒られるだろうか。飽きられるだろうか。・・両者とも、きついな。


「おい、っつったか」
「(ばっ、薔薇の人・・!)はい」
「・・わざわざご苦労だったな。忍足の妹となれば話は別だ。練習が始まるまでなら好きに休んでいけ」
「あり、がとうございます」


へこりと薔薇の人に頭をさげると、薔薇の人は静かに口角をあげた。どうやら、薔薇の人は本当に私が忍足さんの妹だと思っているらしい。ラッキーだ。
相変わらず整いすぎている顔をぼんやりと見つめていると、忍足さんに「、」と名前を呼ばれる。早く帰った方がいいだろう、そう心配しているような顔だった。


「そーだよ!ゆっくりしてけよ!っつーか、顔ちゃんと見てえ!侑士と似てんのかー!?」


そう言って赤髪の彼が私の腕を引っ張る。


「なんだ、忍足の妹だったのかよ。敬語使っちまったぜ。随分と大人っぽいよな!家での忍足の話も聞きてーし、ゆっくりしてけば?」


青年も、そう言って私の背中に手を沿わせる。


「・・だめや」


2人に押されるようにして部室に入りそうになった時、制止の声をかけてくれたのは忍足さんだった。


はもう帰り。三瑚も待っとるやろ」
「えー、ちょっと位いいじゃんかー」
「だーめ。・・、お兄ちゃんの言う事、聞けへん訳・・ないよな?」


その笑顔が怖いよ、忍足さん!!

何度もこくこく頷けば、忍足さんは満足したように頷いた。赤髪の彼と青年は渋々といった感じで私を解放し、口々につぶやいた。


「お前、シスコンだったのか」


忍足さん、変な疑惑をかけさせてしまってすみません。


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