「(うう・・さむ)」


まだ起きたくないのに、寒さからなんとなく目が覚めてしまう。
今日はせっかくの日曜日なのだ。ゆっくり寝ていたいのに。

徐々に覚醒していく意識に対抗して、もぞもぞと布団の中に顔を埋める。
しばらく寒さと格闘していると、窓の外から何かが降り注いでいるような、静かな音がしていることに気づく。

いや、実際は音なんてするわけがないのだけれど。
窓の外の雰囲気が、なんだかいつもとは違うのだ。


「(・・!もしかして、)」


頭の中に芽生えたひとつの可能性に興奮し、勢いよくカーテンを開ける。


「ゆ、ゆきっ・・・!!」


いつもの町並みが変貌し、白の世界がそこにはあった。


*  *  *


「あ、。おはよう」
「おはようございます!忍足さん、雪!」
「ははっ。雪やなあ」
「雪ですよ、雪!」


ばりばり都民の私には、雪が積もるなんていうのはクリスマスや誕生日と同じくらいのビックイベントなのだ!ただでさえ地球温暖化が嘆かれる今、東京に雪が降るなんて、しかも積もるなんて!!ビックイベントだ!興奮しない訳がない!


「忍足さん、散歩しに行きましょう!」
「せやな。せっかくの雪やし」
「雪だるま作れますかね?へへ、どうしよう、すごくわくわくする」


手袋やマフラーを用意する私を見てか、忍足さんは静かに笑う。なんだ、雪だっていうのに忍足さんは興奮しないのか!非国民だ!


「忍足さん、行こう!」


フード付のコートに、マフラーに、手袋。頬が緩むのを抑えきれずに忍足さんを見ると、忍足さんは口に手をあて、少しおかしそうにくすくすと笑っていた。


「ほな、行こうか」


*  *  *


外に出ると、いつも歩いている道路や、屋根、塀にはこれでもかというくらい雪が積もっていた。雪もまだぱらぱらと降り続けている。
自分の半歩前を歩くは、頬を上気させながら目を輝かせている。
そんな無邪気にはしゃぐ彼女がとても可愛いらしくて、思わず笑みを浮かべる。


「わ、わあっ、わ!」


まだ朝早いということもあってか、足跡のついていない雪の絨毯には楽しそうに足跡をつけていく。
その足跡と平行線を描くように、俺も自分の足跡を刻んでいく。なるほど、これは面白い。


ー!あんま走るんやないでー!転ばんようにな!」
「だーいじょうぶですって!ははっ、たのしー!」


自分からどんどん離れていく彼女に不安になりながらも声をかければ、彼女は振り返って歯を見せて笑った。
・・普段のならば絶対に見ることができないような、子供みたいな笑顔。その笑顔に心が温まっていくのを感じながらも、彼女の背中をぼんやりと見つめた。

降り積もる雪と同じ色のコートを着たが、どんどん消えていくような錯覚に陥る。

その錯覚を取り払うように頭を振るが、依然その不安は消えることがない。

ずっと彼女と過ごしていたい。それは、彼女が自分の憧れの人だから、なんてそんな感情ではないことは薄々気づいている。きっと、俺は――。


「うわっ!」
「・・ほら、言わんこっちゃない」


数メートル先でぱたりと倒れてしまったに、諦めにも似た笑顔で笑う。
きっと足跡をつけるのに夢中で、雪に足元を奪われてしまったのだろう。


「大丈夫かー!?」



彼女のいるこの雪景色を出来るだけ時間をかけて見ていたいというのは、わがままなのだろうか。

俺は、むくりと起き上がった小さな背中に向かって走り出した。



*  *  *


、怪我は?」
「ないです、大丈夫」
「よかった」


にかりと笑って手を差し伸ばしてくれた忍足さんの手を握り締め、ふと悪戯心が芽生える。両手で握り締めた忍足さんを、忍足さんが引っ張る前に思い切り全体重をかける。まだ準備の出来ていなかった忍足さんは私の予想外の重さに驚き、体重を支えきれずにぱたりと倒れた。


「あはは、やった、成功!」
「もー・・なにすん、ねんっ!」


そのまま逃げようとした私の腕を忍足さんが掴み、ぐいっと引っ張る。その力は手加減しているであろうに、私が倒れるには十分な力だった。


「成功や」


そういって忍足さんは、にっと悪戯っ子の笑みを浮かべた。

その笑みに挑発され、もう一度忍足さんの腕を引っ張るが忍足さんは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「同じ手には引っかからんで!」
「え、ずるい!ずるいですー!!」
「ははっ、軽いなあ」
「んー!」


いくら引っ張っても引っ張っても、忍足さんの体はびくとも動かない。さすが鍛えているだけあるというか、男の人なんだなあ、というか。


「よっ、と」
「!」


不意に強い力で引っ張られ、無理矢理立たせられる。不服だ。すごく納得いかない!負けた気がして悔しい!こう見えて私は負けず嫌いなのだ!


「そんな不満そうな顔したって無理や」
「・・無理じゃないです」
は何年立っても俺には勝てへんよ」
「・・来年は勝ってみせますもん」
「無理やな。が相撲取り並に太るゆうんやったら別やけど」
「不意をついて勝ってみせます!」
「はは、頑張りい」


軽い口げんか(私の一方的だが)を交わしながら、雪を踏みしめて歩く。――忍足さんに引っ張られた手はそのままで。

いつまでもこうしていたい。忍足さんと、笑って歩きたい。



手袋越しに伝わる熱が、なんだかもどかしかった。


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