毎年自分にくれるチョコは、年を追うごとに増えていった。といっても小学生の頃は5,6個しかもらっていなかったし、やはり氷帝学園という特殊な学校に通っていることと、テニス部に所属しているということが大きいのだろう。

バレンタインになにかを貰うということは、素直に嬉しい。逆に嬉しくない男が居たら会ってみたい位だ。
自分にくれた何人の子が義理で、何人の子が本命なのかは分からないが、毎年貰ったものは出来るだけ食べるようにしている。
メッセージカードがついていた場合はきちんと読むし、用意できる範囲のお返しも毎年準備する。

ただ、それは極めて事務的なものであり。

今回のバレンタインのように、不安と期待が入り混じった気分になるのは久しぶりだ。

――もしかしたら、からチョコを貰えるんじゃないだろうか。
そんな期待を抱いている自分が馬鹿馬鹿しく、消し去ってしまいたい衝動に駆られる。

そんな期待はやはりあっさりと破られ、いつものように朝食を食べるに変化はない。

やっぱりな、分かっていたじゃないか。と納得させる自分がいることに気づくが、色々と複雑な訳だ。

お菓子を両手に抱えて帰ってきても、はにっこりと笑って「良かったですね!」なんて嬉しそうに口にして。・・なぜだかそんな彼女に、落ち込んで。

『もともとお菓子そない好きやないしなあ』
『ただ、貰いすぎても困るっちゅーか・・』

そんな風に口にしてみて、自分に言い訳をして。なんて醜いんだろうと思う。
結局から何かをもらえる訳ではなく、もうすぐバレンタインは終わろうとしていた。


「(あー、もう。なんなん、自分)」


自分は彼女にどんな反応を求めていたのか。どんな行動を求めていたのか。それを考えるだけで自己嫌悪に陥ってしまう。

そんな自分を落ち着かせるため、コーヒーを飲もうと静まり返ったリビングへ向かう。確かコーヒー豆は数日前になくなってしまった筈だ。となると、大分前に買った缶コーヒーなら冷蔵庫にあるだろう。

しかしどこへ締まったか思い出せずに、冷蔵庫の中を探し続ける。――すると、奥の方にピンク色の可愛いらしい包みが見えた。


「(・・もらったお菓子、冷蔵庫にいれたか?)」


そんな記憶はないのだが、もしかしてが入れたんだろうか。それともお菓子とは関係ない別のなにかなのか。
疑問に思いその半透明の袋を引き寄せると、『忍足さんへ』と書かれたメッセージカードが中に入っているのが見えた。・・この字は、彼女の字ではないだろうか。彼女の字は勉強を教える際にいつも見ている。このメッセージカードの字は、その字とひどく似ている気がするのだが。

どきん、どきん、と徐々に鼓動をたて始めた心臓を落ち着かせるように息を吐き、そっとその包みのリボンを解く。中から出てきたのは、先ほどのメッセージカードと美味しそうなティラミスだ。

冷蔵庫を閉め、メッセージカードに手をかける。


『忍足さんへ

 当日作ることになってしまってすみません。
 いつもお世話になっているので、
 私からの贈り物です。
 忍足さん、甘いの苦手な気がしたんで
 そんなに甘くは作ってありません。
 よかったら食べてください。

 忍足さん、いつも本当にありがとう。
 ――すごく感謝しています

            


「(・・・、)」


きっと自分が余計なことを言ったばかりに、渡しづらくなってしまったのだろう。
水道台に腰掛け、スプーンで冷たいティラミスを一口、口元へ運ぶ。


「(・・うまい)」


ほどよい甘さと、ほどよいほろ苦さが口の中に広がる。彼女が自分のことを思って作ってくれたのだと思うと、嬉しさがこみ上げて仕方がない。

こんなに嬉しい贈り物は生まれて初めてかもしれない。本人の手から受け取れなかったことが残念だが、それは自分のせいだ。仕方がない。

もし自分がこれを見つけることがなかったら、はこれをどうしていたのだろう。きっと翌朝に処分していたのだろうか。だとしたら、ひどくを傷つけるところだった。もう彼女を傷つけないと決めたのに。

どんなに高級なお菓子をもらったって、どんなに美人な子からもらったって、どんなにたくさんの人からもらたって、やっぱり彼女の手作りに勝るものはきっとないんだろう。


「(あー・・、・・好き、なんかなあ)」

彼女が自分の大好きなゲームや漫画の登場人物だなんて、とっくの昔に関係なくなっていて。彼女がそういう人物だと忘れている時の方が最近は多いのだ。


「(好き・・なんやろうなあ)」


彼女の方は、自分に対して一体どういう感情を抱いているのだろう。最初は見知らぬ人が自分のことを熟知していたのだから、嫌悪感だったかもしれない。でも今はせめて、友人として・・家族として、見られていたい。


「(・・好きや)」


・・やっぱり、家族としてだけではなく、それ以上として見られていたい。そう思うのは自分のエゴか。


「(あーあ・・)」


恋と気づいてしまった瞬間、不安や心配、焦燥感といった色んな感情にも気づいたが、何故だか心が軽くなったというのも事実だった。

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