「三瑚ちゃん、何描いてるの?」
「えとねー、これがじろうくんで、こっちがさんご!」


うららかな午後。学校では、忍足さんが調度5時間目あたりの授業が終わった頃だろうか。
クリーニング屋の店番をする私の膝の上では、三瑚ちゃんが座って絵を描いている。

三瑚ちゃんとは、ここの店主の優子さんの娘でもあり、慈郎くんの妹でもある、まるで天使のような女の子だ。
くりくりとした目に、ほんのり朱に染まっている頬。白くて、もちもちした肌。まさに”天使のような女の子”という言葉がぴったりだ。




私がクリーニング屋でバイトを初めて、3日が経った頃だろうか。
私に任された仕事内容は主に店番で、やってきたお客さんの注文を聞き洗濯物等を預かったり、受け渡しをしたりするというものだった。

そのため、私は基本的には受付にずっと座っているということになる。(たまに優子さんが変わってくれるが)
大体お客さんは午前にやってくることが多く、(まあ日にもよるのだが)午後は30分間隔だとか、そんなに頻繁にやってくることはない。
必然的に、受付にただ座っているというのは眠気を誘うものであって・・その日も私は、うとうとしながらも受付に座っていたのだ。

カタン。

夢と現実の世界を行き来していた時、背後で小さく物音が鳴った。
受付の後ろには優子さんの作業場があり、その作業場は母屋の庭とつながっているのだ。
なので優子さんが何か差し入れを持ってきてくれたのかと思った私は、扉の方へ振り向いた。


「・・・」
「・・・・・ん?」


扉に立っていたのは優子さんではなかった。
小さな女の子がこちらをただただ見つめていたのだ。

そういえば、優子さんには幼稚園に通っている女の子がいたのだっけか。


「・・もしかして、さんご・・ちゃん?」


なるべく驚かさないように、声を和らげて問えば女の子は小さくコクンと頷いた。頷いた時に揺れたウェーブの髪がなんとも言えず、綺麗で繊細だった。


「私はって言ってね、お母さんのお手伝いをしてるんだ」


そう言って笑顔を浮かべると、三瑚ちゃんが小さく口を開いた。
ままがね、おねえちゃんのとこいっといでって。さんごもね、ままのおてつだいできるんだよ。
お手伝いなんて、偉いね。じゃあ一緒にお手伝いしようか。
うん。

なんて可愛いらしいんだろうか。私は生憎兄弟がいなかったのだが、妹が出来たらこんな感じなのだろうか。

三瑚ちゃんの座る椅子を探しているところ、いつのまにか近くに来た三瑚ちゃんが私の服の袖を引っ張った。


「ん?なあに?」
「だっこ」
「だっこ?」
「うん。だっこがいい」


・・ばか!可愛いすぎる!
癒しだ!天使の子だ!ばんざい!

じゃあ、おいで。と三瑚ちゃんを膝に乗せれば、三瑚ちゃんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
こちらまでとろけそうな笑みだ。


それ以来、三瑚ちゃんのお手伝いでの居場所は私の膝の上となっている。
最初は慣れなくてよく足がいたくなったりしたのだが、そんなことはもうない。
だってこの子は天使の子だから!・・とか思っちゃう私、相当三瑚ちゃんにベタ惚れだ。





そんなこんなで今日も相変わらず私の膝の上にいる三瑚ちゃんは、お絵かきに熱中していた。
クレヨンで描かれたもじゃもじゃ頭の2人は右から慈郎くんと三瑚ちゃんらしい。
慈郎くんと三瑚ちゃんは笑顔で手をつないでおり、三瑚ちゃんの右には黒髪の笑顔の人が描かれていた。

「じゃあ、この人は?」
おねえちゃん!」
「わわ!私?嬉しいなあ、ありがとう」
「さんごとお姉ちゃんはなかよしなの」
「そうだね」


ああ、もう可愛い!本日何回目になるだろうか。三瑚ちゃんのふわふわした頭を優しく撫でる。三瑚ちゃんがくすぐったそうに目を細めた。


「ただいまあ」
「じろーくん!」
「あ、お帰りなさい、慈郎くん」


相変わらず眠たそうな慈郎くんが背後の扉からのそのそとやってきた。


「帰りが早いね。部活は?」
「今日はオフなんだあ」
「じろーくん!さんごね、おえかきしてたの!みて、みて!」


三瑚ちゃんは私の膝から慈郎くんを振り向き、小さな手で手招きをした。
それに慈郎くんは応え、なに描いたの?と首を傾げながらこちらにやってきた。

これ!これ。

三瑚ちゃんが指差す先には先程の絵がある。
慈郎くんはそれを見るため、私達の直ぐ隣から覗き込んできた。ふわりと、慈郎くんからは甘い香りがした。


「じろうくんとさんごと、おねえちゃん!」
「おー!上手、上手!でもこの絵、おれとちゃんがなんだか夫婦みたいだしCー」


そっと眉を寄せて、なんだか苦笑とも取れるような笑顔を慈郎くんは浮かべた。


「おねえちゃんとじろうくん、けっこんしないの?」
「え」
「え?」


きらきらした、純粋な瞳が私達を見上げてくる。きっと言葉に深い意味はないのだろうが、なんとなく気まずい雰囲気になってしまう。


「けっこんしないのー?」


痺れを切らしたように、三瑚ちゃんが再びそう問いかけてくる。
私が笑顔でう〜ん、と唸っていると、慈郎くんは三瑚ちゃんの頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。三瑚ちゃんからむう、という声にならない声が漏れた。


「ばあか」
「さんご、ばかじゃないもんー」
「・・でも、」
「ん?」
「結婚、しちゃおうか」


にしし、といたずらっ子な笑みを浮かべて慈郎くんは私を見上げた。三瑚ちゃんが嬉しそうな声を上げる。


「はは、しちゃいますか」


慈郎くんの冗談を理解した私も、笑いながら慈郎くんにそう答えた。


「わー!おねえちゃんとじろーくん、らぶらぶなんだね」
「ばあか」


慈郎くんはもう一度三瑚ちゃんの頭をくしゃくしゃにして、すっと姿勢を元に戻した。
顔が見えなくなった慈郎くんを振り向くと、困ったように頭をかいていて、私と目が合うとこれまた照れたような、悪戯っ子のような、困ったような、でも綺麗で甘い笑みを浮かべた。



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