私が住んでいた世界と、忍足さんたちが生きているこの世界は平行線上にあるのではないかと最近思う。
基本的なものは何も変わらないし、同じように時間が進む。きっと交わるところはないけれど、平行線上の世界なのだ。

そういえばこの間、街を歩きながらふと思った。私って本当にこの世界で有名人なのか?
確かに忍足さんに私が主人公のゲームや漫画をちらっと見せてもらったが、街で注目を浴びたことがない。

それはこの帽子と眼鏡のおかげかもしれないが、帽子を取った私を見ても慈郎くんなんかは何とも言わない。

――とか思ったけど、やはり間違いの様だった。
通りかかったおもちゃ屋をちらりと覗いたのだけど、そこには・・な、なんていうか、私のポスターがあったのだ。あれ、間違いなく私だった。・・、こわい!


「んー、植物細胞の構造はこんなもん。今日習ったのはこれだけや」
「毎日毎日すみません」


毎晩、忍足さんが学校で習ってきたことを教わる私。
忍足さんは「復習にもなるし全然構へんよ」と言ってくれるのだが、やはり悪い気がしてならない。


、ごめんちゃうで」
「へへ、ありがとうございます」
「それや」


忍足さんはニッと笑みを浮かべる。

ううん、忍足さんはかっこいいし、頼りになるし、本当に助かっている。
最近は帰りが遅いのだが、それは体育祭が近いことが関係しているらしい。
5時までは競技練習をして、それが終わってから部活の練習に入るのでどんなに早く終わっても7時は過ぎてしまう。

帰ってくる時間が8時になろうと、9時になろうと忍足さんは2人分の晩御飯を作って、その後私に勉強を教えてくれる。
そして私に教え終わったあとは明日の予習や宿題をやっているはずだ。・・流石に、私だって悪くて悪くて、申し訳ないと思っているのだ。


「んーっ、ふあー」
「・・、」


せめて、私に料理が出来たら。少しは忍足さんの苦労を減らしてあげることが出来るかもしれない。

ほな、ええ夢みぃや。
はい、おやすみなさい。

にこりと笑って伸びをしながら自室へ戻る忍足さんを見ながら、私は小さくガッツポーズをした。



*  *  *



「え?料理の作り方?」
「そうなんです!お願いします、教えてください!」


午後3時頃を過ぎた頃だろうか。私の目の前には少し驚いたように目を丸くする優子さんがいた。お客さんの入りも落ち着いてきたので、2人で休憩を取っていたときだった。(ちなみに三瑚ちゃんは母屋でお昼寝中だ)
私がこの世界でこういうことを頼める人なんて、優子さんくらいしかいない!ということで頭を下げて優子さんにお願いをした。


「全然良いわよ!なに、ちゃん・・花嫁修業かしら?」
「ありがとうございます!・・あ、ばれちゃいました?」
「ふふ。ちゃんなら慈郎を任せられるわー」
「あはは」


優子さんはお茶を飲む手つきさえも優雅で綺麗だ。私もこんな女性になりたい!
快く承知してくれた優子さんにもう一度お礼を述べると、優子さんは優しく微笑んでくれた。


「うーん、今日カレー作るんだけど・・その時に教えちゃおうか?善は急げ。早い方が良いわよね」
「本当ですか?嬉しいです!」


なんて良い人なんだろう!忍足さん、確か今日は少し遅くなるとか言っていたっけ。それなら丁度良い!優子さんに教わったら、忘れないうちに家でも作ってみよう。家にもカレーを作れるくらいの材料はあっただろうし。
・・小学校の時の移動教室でも作ったカレーだ。いくらなんでも私1人でも出来るだろう。多分。

そんなこんなでバイトを少し早めに終わらせて(優子さんのご好意だ)、私は優子さんにカレーの作り方を教わることになった。
料理音痴な私は包丁の持ち方や、切り方、野菜の洗い方など一から優子さんから学ぶことになってしまったのだが、優子さんは嫌な顔を1つも見せずにむしろ「娘がもう1人出来たみたいで嬉しいわ」と笑ってくれた。


「大体こんなもんかしらね。」
「結構簡単なんですね」
「そうね。カレーといえば料理の基礎だから。ちゃんも初めてにしては上出来じゃない!次はハンバーグでも作ろうね」
「!ありがとうごいます」
「いいのいいの。手伝ってくれてこっちも助かるわ」


そう言って、優子さんはそっと笑みを浮かべた。
もう一度頭を下げたところで奥の部屋から匂いに連れられたのか、三瑚ちゃんが千鳥足で台所へやってきた。
目をこすりながらも「いいにおい。さんごお腹へったよ」と笑う三瑚ちゃんははんぱなく可愛いかった。持って帰ってしまいたかったがそこは自重した。


今夜はカレーなのだ。忍足さんに作ってあげるのだ。忍足さんの負担が少し減るのだ。
嬉しくて嬉しくて、意気揚々とした気分で家へと帰宅した。そして調度部活が終わったであろう忍足さんに電話をかけた。


「もしもし、です」
『おー。今部活終わったとこや。どないした?』
「忍足さん、今日のご飯私が作っても良いですか」
『――、え!?』
「いつも忍足さんに迷惑かけてばっかだから、たまには・・」


・・沈黙が続く。
もしかして「お前になんかやらせるか!台所が悲惨になるわーい!」とか怒鳴られちゃったりするんだろうか。・・そ、そりゃあきっぱり否定はできなけど。


『も、勿論ええよ!怪我せぇへんようにな!』
「わあ、やった!今日はカレーですよ」
『(〜っつ、妻みたいや!)楽しみに、しと、るわ』
「じゃあ、頑張って作ります。早く帰って来て下さいね」
『!!ダッシュで帰る!』

ブツッ。プープープープー。

はい、待ってます。と言おうとしたのだが忍足さんに先に電話を切られてしまった。
どんなにダッシュで帰ってきても30分以上はかかるだろうから、ぎりぎり忍足さんが帰ってくるまでに間に合う・・・かなあ。とにかく、急ごう!



*  *  *



「ただいま!」
「あ、お帰りなさい」
「ごめんな、電車が少し遅れてもうた」
「ううん、調度今出来たところです」


1人で作ることに不安を覚えていたのだが、思ったよりは苦労せず作れた。きっと優子さんの指導のおかげだ。
エプロンをつけたまま玄関に忍足さんを迎えにいく。忍足さんの息は少し乱れていた。走って帰って来てくれたのだろう。

こう、自分で言うのもなんだが・・この図、夫婦みたいだ。
そうとなれば言う台詞は1つしかないだろう!


「えへへ、忍足さん。お風呂にしますか、ご飯にしますか?それとも、・・」


これ、言ってみたかったんだ!


「(あ〜っ!が、我慢や!我慢や俺!!くおおおお!うおおお!)」
「・・忍足さん?」
「(ひっひっふー、深呼吸や。オーケーオーケー)」
「・・?」
「・・何バカなこと言うてんねん」


忍足さんは若干引きつった笑みで私を小突いてきた。
・・やばい。引かれたかもしれない。今度からはやらないようにしよう。忍足さんに嫌われたら元も子もない。



その後忍足さんは、私の作ったカレーを美味しいと喜びながら食べてくれた。
もしかしたら上辺だけの言葉かもしれないが、忍足さんってば本当に嬉しそうに食べてくれるのだ。
その笑顔を見たらなんだかこちらまで幸せになってきた。

そしてこれからは、夕飯はなるべく私に作らせてもらうことになった。
まだまだレパートリーは少ないので(実質作れるのはカレーくらいだ)、まだ忍足さんの作る日の方が多いと思うが。
それでも、少しでもいいから忍足さんの負担を減らしたい。これから頑張っていこう。



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