駅で若干迷ったりはしてしまったものの、氷帝学園までの道のりはすぐに分かった。なんてったって、スーツ姿の役員の方々が数十メートル間隔で駅から学校まで立っていたのだから。
きっと迷わないように、との配慮なんだろうけどちょっとおかしくはないのだろうか。
私の間違いなのか。普通の学校ではこんな親切に、しかも人件費がかかるようなことしないだろう・・!(ていうか、考えつかないだろう!)

おかしな学校だなあと思いながらも歩を進める。
数分間歩くと大きな門、塀に囲まれたこれまた素晴らしい建物がずっしりと構えていた。
・・ちょっと待て。なんというか、一目でこれが学校だと分かる人は少ないと思うぞ。
ちなみに私がこの学校に抱いた第一印象は


『これどこのホテル?』


である。
・・忍足さん、こんなところに通っているなんて・・やっぱり凄い人だったのだろうか。

門に立っているガードマンらしき人に荷物チェックを受け、おそるおそる門をくぐる。
・・学校に入るのに、荷物チェック。ちょいと重警備すぎやしないか。

校内に入るとまず目に入ったのは綺麗な噴水。その後ろには、いや本当これホテルですよね?といいたくなる様な建物。そしてこれまた数メートル感覚でスーツ姿の方々が立っていて体育祭が行われていると思われるグラウンドまで誘導される。


「(せ、青春だ・・っ!)」


グランドが見えた瞬間、脳内にはじき出されるのはその言葉。
熱気を含んだ声援、突き上げられる数々の拳。走るたびに舞い上がる土は今日の青空とよく似合っていた。

どうやら午後の部は既に始まっているらしい。今は・・2人3脚が始まったところか。余裕を持って家を出てきて良かった。普通に着いていたら12時前には着いていた筈なのだが、のろのろ歩いたり駅内で迷ったりしたのが不味かったのだろう。とにかく無事に到着して良かった。

それにしても、凄いお客さんの数である。普通の学校の体育祭とは比にはならないだろう、これ。
更に吃驚するのがお客さんの質、である。
普通の父兄の中にちらほら高級そうなスーツや浴衣を着た人が見える。
・・あ、普通の父兄と思ったけどそうでもないかもしれない。
どの親御さんも、サングラスを装着していたり、やたら高そうなカメラを持っていたり・・なんていうか、感じる雰囲気が


「おかねもち・・」


なのである。
よく考えれば、学校の雰囲気も高貴で上品だ。とんでもない学校に来てしまったかもしれない・・。


『只今の結果、1位ルージュクラス 2位ブランクラス 3位ノワールクラスです』


不意に聞こえてきた放送に、思わず突っ込みを入れたくなる。

何語ですか、と。

もしかしてこれ、普通の体育祭でいう『赤団・黄団・青団』とかいう感じだろうか。な、なにもそんな団名にまで上品さを漂わせなくてもいいじゃないか!


『次の競技は借り人競争です。出場する生徒は急いで入場門に移動してください』


借り物競争じゃないのか。あえての借り人なのか。
面白そうだとは思うけど・・やっぱり変わった学校だなあと一人で再度頷く。

――とりあえず、忍足さんを見たいな。少し前の方へ行ってみようか。
グランドをぐるりと見渡すと、奥の方・・退場門の方向が比較的空いているように見えたのでそちらに移動してみる。するとかなり前の方まで行けたのでそこで競技を見ようと立ち止まった。・・かなり前の方というか、一番前なのだが。
うん、まあありえないと思うけど、ここなら忍足さんにはバレなさそうだ。一番前とは言えども、生徒がいる席とは随分離れてるし、第一この人ごみのなか分かる訳がない。

そう思って一息ついたところで、会場内に流れる音楽が変わった。


『ルール説明をします。
 選手はカードに書いてる人を探し、借り人を見つけたらカードを見せて手を繋いで一緒にゴールします。
 この時手が離れてしまったり、借り人を置いてけぼりにしてしまった選手は失格となります。
 なお、この競技は皆様のご協力が必要となりますので、何卒ご協力お願いします』


――いいなあ、楽しそうだ。
凄く借り人になってみたいのだが、残念ながらこの位置だと選手は気づくことがなさそうだ。なんっていったって、退場門の方向だし。
まあまあ、ゴールが近いので選手と借り人を間近で見ることが出来るので良しとしよう。もしかしてもしかして、その選手のカードには『好きな人』とか書いてあることがあちゃったりするのだろうか。
もしそうだったら、なんてわくわくする競技なんだろう。
私は部外者だし楽しみが半減するかもしれないが、生徒達からしたら凄くドキドキする競技なのかも、しれない。

そんな勝手な妄想を働かせていると、競技の始まりを知らせるピストルの音が鳴り響いた。


「フレー!フレー!ブーラーン!」
「いけー!ルージュ行けー!」
「ノワール一気に巻き返せー!」


・・だから、一体何語なんだ!
第1走者の生徒達が一気に走り出し、それぞれカードを拾い上げる。
そのカードを見て明らか困った顔をする者、笑顔になる者、泣き出しそうな顔になる者、迷わず一気に走り出した者。
なるほど、こうやって表情を見てるもの楽しいものだと気づく。
ちなみに困った顔をした生徒は本部に座っていた先生に頭を下げていた。『苦手な先生』だとかそんな系統のカードを引いてしまったのだろう。一部から笑い声があがった。

続いて第2走者、第3走者と続き、次々とピストルが鳴り響いていく。
生徒のスピードについていけないお母さんなんかは被っていた帽子を風に飛ばされたりしてしまっていて、その度に役員の人が素早く帽子を拾って届けた。
やっぱりどこの学校にも人気の先輩や人物はいるらしく、時折悲鳴ともとれる歓声があがった。ああ、私もあの歓声の一員になってみたかった。


「それでは第4走者の選手は位置についてください」


その声と共に選手がクラウチングスタートの姿勢を取る。どうやらこの走者の中には先程言った様な『人気の人物』がいるらしく、黄色い悲鳴が絶えない。「ししど」だとか聞こえるのだが、どの選手の名前だろうか。
きっとこの『ししど』くんの借り人になれた人は死ぬほど幸せなんだろうな。


「位置について!よーい!」

パァン!


何度目かのピストルが鳴り響き、選手が一斉にスタートを切る。
それぞれがカードが落ちている地点までダッシュし、色んな表情でカードを見ていく。
その中には飛びぬけて早い選手がいて、私はじっとその選手を観察していた。
カードを見た瞬間、ぱっと顔をあげてグランドを見渡していく。遠目でも分かる、姿勢の良さ。Tシャツは肩まで捲り上げられ、鉢巻が風に吹かれてゆらりと踊った。

その瞬間、その青年の顔がこちらを向いて。

どきりと変な予感がしたのだが、私の周りにもかなりの人がいる。私を見た訳ではないのかもしれないのに、なんとなく数歩後ずさりしてしまう。
さっきは借り人になりたい、といっていたがあれは言葉の文だ。うん。だって、そんな目立った行動をしてしまったら忍足さんにバレてしまうかもしれない!

青年は、一気にこちらに向かって駆けてくる。
それも、恐ろしく速いスピードで。真っ直ぐな瞳で。


「(や、やっぱり私――!?)」


やばい、逃げろと思ったときには既に時が遅く。青年はすでに私の目の前に息を切らして立っていた。



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