千鳥
05
学校に居る時も、ご飯を食べている時も思い浮かぶのは彼のこと。私は完全に彼に依存していた。夢と現実の区別がつかなくなったとも言って良いだろう。
それほど彼は私に多大な影響を与えていた。私も、彼に少なからず影響を与えているのだろうか。もしそうだったとしたら、嬉しいのだが。
でもやはり私が生きている世界は『現実』で夢ではない。ふとした瞬間に彼のことをこんなにも考えている自分が馬鹿馬鹿しくなる時もある。
逆に、もしかして自分が今歩いているこの世界が『夢』なのではないかと怖くなる時もある。自分の家族も、友人も、町の建物も、自分が作り出した幻想ではないかと。そしたら、本当の世界はどっちなのだろう。そもそも、”本当”なんてあるのか?
その夜、数日ぶりに彼の夢を見た私は動転していたのかもしれない。
彼の元へたどり着くまでの道のりが、酷く臆病な道のりに思えて、彼の姿が見えたときには涙が零れだしていた。おかしい。私はこんなに腰抜けな性格だったのだろうか。
しかし、流石彼といったところか。泣きながらやってきた私にも彼は驚いた素振りを見せなかった。そっと目を伏せ、私が落ち着くまで何も聞かないでくれた。
「時々・・怖くなるんです」
やっと落ち着いた私は呟くように言葉を紡ぐ。彼ならこの恐怖を取り除いてくれる気がした。いや、きっと彼にしか取り除けない。
「・・何故?」
ゆっくりと、そして優しい声色にまた涙が零れそうになったが、ぐっと堪える。こんなに泣いてばかりいたら面倒くさい女だと思われてしまう。
「明確に表現出来ないんですけど、すっごく不安になる。私の世界はどこか、分からなくなる。現実はあっちなのかもしれないけど、私は貴方が居ないと嫌なんです」
自分で言っててよく分からなくなってくる言葉でも、彼は静かに耳を傾けてくれていた。
きっと向こうの世界の家族や友人に言えば馬鹿にされるに違いない。それか、ついに気が病んだと誤解されてしまう。確かにこれは夢で、私の考え過ぎなのかもしれない。でも、声帯があると言う事は私にとってとても重要なことなのだ。そして、この世界では私は確かに必要とされている。彼は言ってくれた。「貴方だけが、必要だ」と。
「不安になることは・・ない、ですよ」
「・・え?」
「貴方が居る限り、私はここに居る」
「・・」
「それだけは、紛れもない真だ」
彼はそう言うと、綺麗に口元に弧を描いた。その言葉に、どれだけ救われたのだろう。私の心は一気に軽くなって今まで悩んでいたことが馬鹿みたいに思えた。
私が笑ったのを確認すると彼はくしゃりと私の頭を撫でてくれた。迷惑かけてしまったみたいですみません。
彼が此処に居る、という確証だけで幾分も楽になる。彼は、確かに存在するのだ。
「本当に、ここに居ますよね?どっか行ったり、しませんよね・・今、貴方は存在していますよね」
「ここに居ます・・よ。そんなに不安なら、思いきり抱きつくなりしてみては・・どうです?」
そんな彼のジョーク(いや、ジョークじゃないかもしれないけど)にまた笑顔がこぼれる。そう改まって言われては恥ずかしいのでそっと彼の手を握ってみた。それだけで十分だ。
「そういえば」
彼がゆっくりと言葉を紡いだ。
「貴方の名前は、何と言うんです」
品定めするかのように笑みを浮かべ、彼はそう問いただした。何だかいつも主導権を握られているばかりなので、たまには自分が主導権を握ってみたいと思い私は質問を質問で返した。
「人の名前を聞く時は、まず自分が名乗る。これが礼儀ですよね」
彼は少し驚いた様だったが(でもやっぱり気のせいかもしれない)、さらに笑みを深めた。